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3、「衣」を調ず
イチキは、女王から「一番槍」と言われて直ぐに下界に降りた。
頭の出来がよろしく無い権力者からの命令でも仕方なく従う。
今のイチキの姿は人間には見えない。女王から言われた通り、病院というところに回ってみた。回ってみたが、あの匂いでめげた。それに年寄の「衣」ばかりだ。これからの任務には、せめて20代後半の「衣」を探さなければならない。
一日でも早く「衣」を掴まなければ、任務そのものが難しくなる。
イチキには、彼なりの美学もあった。粗暴な感じで頭が悪そうな顔をしている「衣」は絶対に嫌だった。イケメンを殺すわけには行かないし、そもそも、そういうタイプは早死にしないだろう。難しい。この一番最初のところでイチキは躓いてしまったのだ。
何日も「衣」を探していた。ようやく、ギリ妥協点を掠る物件に出会った。
その男は20代半ば。背広を見ても「ヤバイお仕事」の人だとわかるガタイの大きい筋肉質の男だった。顔は怖く……なっちゃうだろうなぁとおおよその予想はついた。在る者(神)が衣を纏うと顔つきが変わる。それは知っている。でも、イチキの美学に一番近い「衣」は、これが初めてだ。「衣」の年齢が一番大きなハードルだ。次は破損状態。年寄りばかり。これから、会社に入って出世しなくてはならないのに、年寄りはダメだ。
その「衣」は道路に倒れていた。誰にもまだ発見されていない。
急性アルコール中毒、もしくは薬物中毒。それとも両方か。たとえそうであっても、中身になる自分にはなんの影響もない。この『衣』の本当の出自を消すのは高天原の役人だ。この手の人間は、消えても誰も不思議には思わない。。。そこまで、考えてイチキは決心した。
同化した。
同化すると、少ない公衆電話から分家のイリヤに電話した。
1時間もするとイリヤが車を運転してやってきた。
イリヤに「衣」が持っていた四角いのと身分が分かるすべてのものを渡した。
イリヤが言った。
「お前の名前は、一木拓也。26歳。KO大院卒で専門は語学。6カ国後に対応できる。留学から帰ってきたばかり。留学元はアメリカのUCLAだ。」これが基本情報になる。お前の人生の全てのデータが捏造された。一木拓也は、すぐ神澤工業に入社するのだ。」
そして、運転免許証、マイナンバーカードを一木に渡した。勿論、本物の偽物である。
「当面の金だ。これで住まいを借りて人間として暮らす。そこからだ。これも用意してある。魔物の板だ。スマホだよ。既にお前の名義だ。」
「へぇ。高天原には絶対に導入しないと女王様が言っている「魔物の板」がコレなのか。ふぅん。面白い。早速使ってみよう。」
「ゲームの課金だけには気をつけろ。じゃあな。」
「あれ?イリヤは、もう行っちゃうの?」
「俺はリクルートチームだ。忙しい。ついでに俺は入谷雅史だ。スマホの連絡先に入っている。イチキの頭ならスマホなんかチョロいモンだよ。今回の任務は多分長くなる。田中家をやる連中よりは短いが。結構キツイぞ。頑張れよ。」
「イリヤも衣を纏っているのか?」
「いや、俺は乗っ取りだ。任期が5年だから。」
「女王は、乗っ取りだけはやめておけと言ったのに話が違うな。」
「任期の長さだ。10年超えると『衣』を用意する。お前のそのお役目は多分10年でも終わらない。もっとだ。俺は乗っ取りをしている。分家は乗っ取りなんだよ。5年で交代する。珠も必要ない。生きている人間の中に入って深層心理を操る。だから、入谷雅史は、俺が表層に出てきている時の名前だ。自然に切り替わる。安心しろ。」
「結構、酷いことやってるな。あの女王。」
「そのうち分かる。色々ある。じゃあ部屋を探しに行け。俺は、このまま地方に行く。」
「え?今、夜中なんですけど。」
「漫喫にでも泊まれ。お前が大好きな本が沢山あるぞ。漫画は読んだことないだろう?」
「漫喫って何?」
「車に乗れ。連れて行く。」
その夜、一木拓也は眠れなかった。漫画といふものを初めて読んだからである。
イチキという在る者は、下界の語学に堪能でメジャーな言語は全て読み書き話すことができた。文化にも詳しい。知識を溜め込むことが何より好きな柱だったので在る。
そのイチキが「漫画」にどハマりしてしまったのだ。眠れる訳がなかった。
満喫は天国かもしれない。西の天国。高天原は人間社会と大して変わりないと思っていたが、漫画があるとないとでは大違いだ。イリヤたちは何故漫画家を召し上げ候補にしないのであろうか。また、女王が邪魔をしているのかと勘繰った。
その3日後、今度はゲームにハマった。イリヤの「課金だけには気をつけろ。」の意味が分かった。
課金せずにはおれないではないか!
こんな感じで住まい探しが少し遅れた。つまり、神澤工業に入るのも少し遅れた。
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