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4、誕生
妻の文恵が分娩室に入った。海斗は大学4年だった。大学生で父親になる。
正直言って不安だった。自分の若さ、自分の育ち、自分の父親……それを考えると自分は父親になれるのだろうかという不安ばかりが先立ってしまう。父親の田中翔が死んで9ヶ月。ひょっとして生まれ変わりかもしれないと思うと余計に不安になる。
じいちゃんが側に来て言った。
「みんな同じだよ。特に田中一族は同じだ。早くして親になるんだ。理由は海斗もわかってるだろう?」
海斗は頷く。母も田中翔も早くに逝った。多分、自分も。多分、兄も。
文恵に「短命」の事を話したら大笑いされた。海斗は文恵のおおらかさが好きだ。明るいと言われる自分の性格も自分でそう作っていた。文恵は、それも見抜いた。
高校生の時、出会ったばかりの文恵を家に連れてきて母と会わせた。文恵と母は仲良く料理をしていた。
母が亡くなった時、海斗は高校2年だった。隠れて泣いていたら、文恵が側に来て抱きしめてくれた。
海斗と文恵のお付き合いは、健全な男女交際だった。手を繋ぐぐらいの淡い関係だった。海斗は自分の実の父親を見ていたので軽々しく女性に触れてはいけないと考えていた。
文恵はお母さんのように海斗を抱きしめた。その時、ほとんど勢いで泣きながら海斗は文恵にプロポーズしてしまった。
それからは、いずれ結婚すると2人とも思っていた。文恵は町役場で働き、仕事帰りに社務の手伝いをした。
土日は海斗が水川に帰ってくるので、じいちゃんと3人で木の剪定をしたり、母家の修繕をした。
父、翔は相変わらずで、居ると思うと居ない。そんな感じだった。
亡くなるどのくらい前だっただろうか。よく覚えていない。
突然、父が泣きながら「早く結婚してくれ。俺、死んじゃうよ。孫が見たい!」と海斗に言い出した。海斗は少なくとも大学を出てから結婚しようと思っていた。
「ふざけたこと言わないで!」と言い返した。
すると父も言い返してきた。
「早く結婚しないと海斗だって子供が大人になる前に死んじゃうよ。子供が可愛そう。お母さんなんて38だぞ!50まで生きられるという話じゃないんだよ!孫が見たい。孫、孫、孫!」
父が、あんなに泣きながらゴネたのを海斗は初めて見た。
水川神社の手が足りないのは確かで、じいちゃんが1人で何もかもしてる。文恵に話してみたら「結婚しようか。」という話になった。
「孫、孫」と言い始めてからは、父は真面目に掃除や社務をするようになった。
先ず籍を入れることになった。式は先でいいと思っていた。文恵は、じいちゃんの事を考えていたみたいだ。町役場を辞めて母の様に「神社のお仕事」をする様になった。
文恵が同居してからは、父は文恵の後をついて回っていた。
あの父だ。海斗も文恵に「変なことしてきたら殺してもいいから!」と物騒なことを言った。
「酷いね。実のお父さんでしょ。そんなことないよ。すごく優しくて色々教えてくれるんだよ。」と文恵は海斗を嗜めた。
文恵と結婚してから2ヶ月くらい経った頃、父が倒れて亡くなったと知らせが来た。海斗はK県の大学で講義を受けていた。
父が倒れたのは、文恵と神器の手入れをしていた時だった。文恵の隣に座っていた父がイキナリ立ち上がるとそのままドサっと前に倒れたという。みんな同じだ。謎の突然死。
それが9ヶ月前。
父の護り珠の玉には、ヒビが入っていた。
父の神葬祭には、兄さんとお父さんが来てくれた。
お父さんは「やっぱり50歳なんだね。」と寂しそうにしていた。兄さんは怖い顔をしていた。
「アイツが、こんなにアッサリ死ぬ訳ないんだ。なんかやってる。気をつけろよ。海斗。」
その時の兄の顔が凄く怖かったのが海斗は忘れられなかった。兄の色は炎の様だった。
父が亡くなった頃、文恵のお腹に宿った子が誕生する。
性別は男の子だと分かっている。海斗の面立ちは父によく似ていると言われる。だからこそ、顔以外は似ない様に行動してきた。
それでも、「生まれ変わり」が怖くて出産に立ち会うことはできなかった。
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