第1章 王位継承権とは…?

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その最中の紀元前259年02月18日。 趙国の首都・邯鄲(かんたん)にある豪奢な屋敷で運命(さだめ)の子が産まれました。 麗霞(リーシャ)「私は結局、男達の立身出世の道具でしかないのね…。」 麗霞の産んだ子は子楚の子ではなく、 呂不韋との間に産まれた子でした。 懐妊をひた隠しにしたまま 子楚に嫁いだ麗霞が産んだ子は 男児で嬴政と名付けられました。 呂不韋「子楚様、お子様の誕生、真におめでたい事ではございますが…秦国からの侵略軍が邯鄲へ近づいています。」 趙国の王である…孝成王は、 孝成王「戦により命を喪った民の無念を慰めるため家族を喪った民の心を癒すため子楚ら家族の命を奪い…皆の慰めとする。」 度重なる秦国からの侵略に怒り狂う民を慰めるため子楚達家族の命を奪う事を決めたのでございます。 時は紀元前259年03月18日。 呂不韋は間者(かんじゃ)である 瑞麗(ルェイリー)(もたら)した情報により翌日に事態を知る事が出来ました。 瑞麗「殿下は度重なる秦国の侵略行為と民からの度重なる苦情により正気を失いかけておいででございます。」 実は瑞麗(ルェイリー)は、 年若き孝成王の妾であり趙国では、 2番目の人気を誇る傾国の美女と称される程の舞姫でございました。 呂不韋「瑞麗、良くぞ知らせてくれた。そなたはこの呂不韋の宝ぞ。」 瑞麗も呂不韋の寵姫でしたが、 孝成王から気に入られそちらも 譲る羽目になったので… 呂不韋「瑞麗、懐妊した事をひた隠したまま趙国に入り込み我らの子を即位させては貰えぬか?」 但し… 孝成王は疑り深い性格をしておりましたので瑞麗を寵姫にはしたものの… 孝成王「跡継ぎにするのは、 偃であり(こう)に非ず…」 瑞麗「殿下、偃様は性格に難があり、 王たる器ではありませぬ…。」 瑞麗が諌言したものの孝成王は、 強引に偃を太子にして翺を王子であるとすら認めようとはしませんでした。 趙の国では、 呂不韋の野望は潰えましたが… 風前の灯火となった希望を守り抜かなければなりません。 呂不韋は子楚らを幽閉している趙国の国境を守る越境の関所・秦趙橋の番人である青燕(チンウェイ)を買収する事にしました。 青燕「孝成王が没した際には… 瑞麗様を我が妻にして下さるとは… 真実にございますか?」 呂不韋「この私が嘘をつくはずあるまい、秦国で役人にし出世を約束するぞ。そして隣には惚れた舞姫ぞ。どうだ?辺境の役人にしかならせてくれない趙なぞ…去る時が来たのではないのか?」 青燕「畏まりました、子楚様、呂不韋様、必ずや約束を果たして下さい。」 身分違いの恋に身を焦がす青燕を利用し呂不韋は子楚を伴ったまま堂々と… 趙国を脱出する事にしました。 子楚「呂不韋、麗霞はどうなる? 政は?」 子楚も初めこそ妻子の安否を案じてはおりましたがある疑念が子楚の脳裏で浮かんでは消えてを繰り返しておりました。 子楚『麗霞、瑞麗、名前に麗が入る点、舞姫だったが呂不韋の寵姫となりて高き身分のものに譲られた…経緯も我が家と同じ…。まさか…』   その事が気になった子楚は、 斉から公主を第二夫人として迎える事を決意しました。 その公主、名前を麻美(マーメイ)と申しこの物語を動かすキーパーソンとなり得る人物になるのでございます。 麻美「子楚様、お願いします。」 麻美と子楚、呂不韋が安全な秦国で安心感に包まれている頃、麗霞と政は趙国で絶望という名の地獄を極めた毎日を過ごしていたのでございます。 麗霞「私は…今日も生かされている。 地獄を極めた毎日で…」 そんな事など知らぬまま、 子楚は麻美を寵愛し続け… 紀元前256年05月05日に、 産まれたのが(えい) 盛橋(せいきょう)でございました。 それから時は流れ紀元前251年、 子楚の父親である嬴柱(えいちゅう)は父親の崩御に伴い安国君から即位し孝文王になりました。  
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