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「ええー?! やだあ、恭ちゃんがワイルドになってるう」
「ちょっと仕事で、今だけですよ」
事務所の近所にある美容室は施術用の椅子がひとつしか無く、シャンプー台も1台のみ、スタッフも店長らしき色黒茶髪の40代男性しかいなかった。
「あの……所長、この方は……」
こっそりと大雅が恭祐に耳打ちすると、「心は乙女、見た目はオジサン、48歳のヘアメイクアップアーティスト『たけよさん』だ。美容師でもあるから俺も髪を切ってもらっている」と恭祐が笑顔を崩さないまま大雅に返す。
「たけさん、うちの助手なんですけど、さっぱりさせてやって欲しくて」
「あらー助手クン、随分とイケメン」
大雅はあっけにとられつつ、そういえばヘアメイクさんのトランスジェンダー率は比較的高いと聞いたなと思い出す。大雅は専属のヘアメイクがついたことは無く、大抵自分でメイクをしていたのだが。
「たけさん、こいつ、女と目が合うと相手を惚れさせちゃうらしいんですけど」
「ええー? 恭ちゃんに操を立てておくからワタシは平気よ」
――いや、あんた男だろ。なんだよ操って。
目の前で50歳手前の男性と恭祐に怪訝な目を向けながら、大雅は独特の空気に早くも疎外感を覚える。
「じゃあ、俺はここで家に帰る。帰り道は分かるだろ?」
「は?」
「会計は俺に請求が来るようになってるから大丈夫だ」
「いや、え? 僕、ここに残されるんですか?」
「美容室だぞ? 相手は女じゃないから平気だろ」
「えっ……」
よく分からない状況に大雅は不安になりつつも、『たけさん』と呼ばれていた男性を恐る恐るうかがう。
『たけさん』は恭祐を笑顔で見送ると、「おい、お前、恭祐の何?」と低い声で大雅に尋ねた。
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