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手に持った名刺には『スタイリスト 相沢丈志』と書かれている。大雅は「たけしなんだ……」と呟き、ポケットに仕舞った。
美容室のあるビルを出ると、歩行者がひしめき合う商店街を歩く。
短い髪は陽射しが眩しかった。こちらを見て目を見張った女性とすれ違っても、相手の意志が働く前に人の濁流に流されていく。
焼肉店の煙が漂い、青果店に並ぶ南国のフルーツが強烈に鼻をつき、生魚の匂いが漂う独特な賑わいの商店街だ。
東南アジアの街角だと言われても分からない雰囲気がする。道の両脇にずらりと並ぶ簡易的なテーブル席で、昼間から外国人観光客や日本人がお酒を飲んでいた。
日本語だけではない言語があちこちに飛び交い、客寄せの声がする。
渋谷の町は音が多いが、この商店街はあらゆる情報が多かった。
一本脇の道に入り、「不忍探偵事務所」のある黒い御影石が使われたビルに帰る。
いつもであればどこかに入る前に後ろを確認する大雅だったが、この場所では一瞬の出来事の中で通り過ぎていく残像になった気がして、不思議と背後が怖くない。
「ただいま戻りました……」
事務所の扉を開けると、物が無くなったグレーのデスクには、黒いストレートヘアで黒縁の眼鏡を掛けた男性の姿があった。
男性は黒いTシャツの上に白いリネンのシャツを羽織った恰好で新聞を読んでいる。
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