探偵の仕事

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「あの、さっきコーシンジョとか言ってましたが、何のことですか?」  大雅は車の中で恭祐に尋ねた。  車は皇居を背に高級ホテルやビルが立ち並ぶ永代(えいたい)通りに出て日本橋を過ぎていく。 「興信所も探偵業だ。最近は企業調査をやっているところを指す。もともと日本の探偵調査業は企業の信用調査が始まりだったんだよ。日本では探偵の始まりが興信所だったってわけだ」  恭祐はいつの間にかサングラスを掛けていた。 「どうして興信所と探偵事務所があるんですか?」 「それぞれ専門の調査が必要だから信用調査は興信所、更に深い調査を必要とする場合は探偵事務所と呼ばれる。でも、興信所を名乗る会社が無くなったから元々の興信所をリサーチ会社と呼んで探偵事務所を興信所と呼んでいる人もいるし、区分は曖昧だな」 「所長みたいに不倫の調査をしない探偵事務所もあるんですか?」 「そもそも企業調査を専門にしている興信所は浮気調査のような民事裁判に関わる仕事はやろうとしない。でも、探偵事務所だったら浮気調査を断るところは滅多にないだろう」  つまり、探偵事務所で浮気調査をしない恭祐は珍しい部類になる。 「所長は、浮気調査をしない探偵事務所にしようと決めてたんですか?」 「浮気調査なんて人手がなきゃやれねえよ。張り込みの時間が長いから、2人1組で何グループも作って動かなきゃ証拠が掴めない」 「そうなんですか」 「まあでも、ほとんどの探偵事務所は浮気調査ばっかりやってるはずだ。ニーズがあるのは離婚のための材料作りで、不倫の証拠が掴めるだけで人生が大きく変わると思えば、探偵を使わない手はないだろうと思うが」  恭祐の車は茅場町で東京都道50号線に入り、ビルの間を走っていく。  こうしている間にも、どこかの探偵事務所が浮気調査で張り込みをしているのか、と大雅は思う。 「僕、これまで探偵が張り込みしてるのを見たことないんですけど」 「阿呆(アホ)か。一般人にバレるような探偵なんか探偵失格だろ」 「え? そうなんですか?」 「当り前だろ。そんなやつ通報されて終わりだ」 「え??」 「プロ舐めんな。風景に同化しなきゃ張り込みにならない」  恭祐はサングラスのフレームを鼻の付け根でくいと上げる。 「なんか、忍者みたいですね……」 「ああ、忍者の諜報活動は探偵に近いかもしれないな」 「僕、風景の一部になる自信がないです……」 「そうだな、(カツラ)はやたら目立つからな」  大雅は道を歩けば女性に声を掛けられてしまうし、気を張っていないとストーカー被害に遭うのが日常だった。 「僕、探偵にはなれないと思います」 「諦めの早いやつだな」  恭祐は汐留インターチェンジから首都高速道路の都心環状線に向かって車を進める。  都心環状線に限らず、首都高速の運転は次々とやってくる合流と車線変更に神経を使う。恭祐は加速させるためアクセルを踏んだ。
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