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大雅は握られなかった右手を空中に泳がせ、その場で固まっている。左手には白い名刺が握られたままだ。
「おい、行くぞ。今日からお前は『助手の桂』だ」
「は?!」
「苗字も名前もなんかムカつくからな」
「……いや、もっと何かなかったんですか?!」
「桂男の桂だ。本名知られると何かと都合が悪いんじゃねえのか?」
「……まあ」
大雅は納得しつつも、「カツラ」という名には悪意しか感じない。
絹のように光る長い黒髪を掻きあげ、恭祐の背中に声を掛ける。
「あの、『所長』さん、僕、住むところも無くて、お金もほとんど持ってないんですけど」
恭祐は立ちどまって首だけで振りかえり、サングラスを人差し指と中指でくいと持ち上げた。
「だから行くぞって言ってんだよ。どこにも帰れないのなら、どこにだって行けるだろ?」
恭祐は青と白のエンブレムが光るBMWのスマートキーを大雅に見せた。先ほど大雅が捨てた鍵と一緒に太陽の光を浴びて光る。
チャリ、と金属の音がした。
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