27人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
「僕、桂男がなんなのか全然ピンと来てません」
「日本で桂男といえば見目のいい男を指すが、もともとは中国の妖怪だな。不忍奇譚によると、セイレーンと同じ特徴をもっている。人を誘惑する見た目を持ち、美しい声で惑わせるらしい」
「セイレーン……って、あの、コーヒーショップのマークになっている人魚でしたっけ?」
「それだ。桂の成分に魚は入ってなさそうだが」
「肺呼吸ですし、鱗もありませんし、泳ぎも得意じゃないですし、水もそんなに好きじゃありません」
「よし、セイレーンは人魚じゃなかった説を推す」
どっちでもいいけど、と大雅は確かめようのない自分のルーツに頭を振った。
「誘惑するだけで戻す方法がないのなら、これまで苦労したんじゃないか?」
「……なんですか、急に」
「いや、俺も人とは違ったからなんなとくだけど」
自分を人狼だと名乗るおかしな男に「同じ末裔だ」と言われるのは複雑だが、自死を選ぶくらいには全てに追い詰められていた。
確かに大雅は、この世で生きていく自信を失っていたのだ。
「僕に関わると、みんな不幸になるんです。自分を抑えられなくなって犯罪者になる人が後を絶たないし、僕のファンが犯罪者ばかりだと言われて事務所をクビになるし、もう、なにもかもがうんざりで」
「うん、そうか……理解者がいなかったんだな」
「僕の母が美しい人だったらしいですが、痴情のもつれで殺されていて。僕は父親が誰なのか分からない。母の親戚にたらい回しにされ、行く先々で僕を中心に親戚の家が崩壊して行くんです。それで、芸能事務所に入って一人暮らしをしたんですが、ストーカーには遭うし、親切にしてくれる人みんなに下心があって、誰も信用できなくて……」
溢れ出したのは、これまで溜め込んできた大雅の悩みだった。
ーーこんなこと誰にも理解されない。
ーー身の回りで起きることは、自分が変だからだ。
ーー僕は生まれてはいけなかった。人を不幸にすることしかできない。
どこかに、同じような境遇で生きている「仲間」がいるなんて想像もしなかったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!