女性を魅了するだけの簡単なお仕事

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「僕、桂男がなんなのか全然ピンと来てません」 「日本で桂男といえば見目のいい男を指すが、もともとは中国の妖怪だな。不忍奇譚(しのばずのきたん)によると、セイレーンと同じ特徴をもっている。人を誘惑する見た目を持ち、美しい声で惑わせるらしい」 「セイレーン……って、あの、コーヒーショップのマークになっている人魚でしたっけ?」 「それだ。(カツラ)の成分に魚は入ってなさそうだが」 「肺呼吸ですし、鱗もありませんし、泳ぎも得意じゃないですし、水もそんなに好きじゃありません」 「よし、セイレーンは人魚じゃなかった説を推す」  どっちでもいいけど、と大雅は確かめようのない自分のルーツに頭を振った。 「誘惑するだけで戻す方法がないのなら、これまで苦労したんじゃないか?」 「……なんですか、急に」 「いや、俺も人とは違ったからなんなとくだけど」  自分を人狼だと名乗るおかしな男に「同じ末裔だ」と言われるのは複雑だが、自死を選ぶくらいには全てに追い詰められていた。  確かに大雅は、この世で生きていく自信を失っていたのだ。 「僕に関わると、みんな不幸になるんです。自分を抑えられなくなって犯罪者になる人が後を絶たないし、僕のファンが犯罪者ばかりだと言われて事務所をクビになるし、もう、なにもかもがうんざりで」 「うん、そうか……理解者がいなかったんだな」 「僕の母が美しい人だったらしいですが、痴情のもつれで殺されていて。僕は父親が誰なのか分からない。母の親戚にたらい回しにされ、行く先々で僕を中心に親戚の家が崩壊して行くんです。それで、芸能事務所に入って一人暮らしをしたんですが、ストーカーには遭うし、親切にしてくれる人みんなに下心があって、誰も信用できなくて……」  溢れ出したのは、これまで溜め込んできた大雅の悩みだった。  ーーこんなこと誰にも理解されない。  ーー身の回りで起きることは、自分が変だからだ。  ーー僕は生まれてはいけなかった。人を不幸にすることしかできない。  どこかに、同じような境遇で生きている「仲間」がいるなんて想像もしなかったのだ。
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