95人が本棚に入れています
本棚に追加
エピローグ:探偵は忍ばず
大雅は目玉焼きを焼いて皿に乗せ、ミニトマトとレタスを添えてトーストが並んだデスクに運ぶ。
事務所にある4つのデスクのうち2つにテーブルクロスをかけ、ダイニングテーブルとして使えるように簡易的なリメイクをした。
通常のダイニングテーブルに比べ、お互いの席が遠い。
「おおー。久しぶりに手料理が食べられる!」
「目玉焼きひとつで大袈裟ですね」
「俺はトーストすら焼かなかったからなあ」
本当に生活力が皆無だな、と大雅は席について新聞を読んでいた恭祐に視線をやる。
「一人暮らしが長かったくせに、自炊すらできないんですね?」
「スーパーや食材の店が苦手なんだよ」
「女性が苦手なだけじゃなく、苦手な場所も多いんですね」
「尾行では仕方なく使うが、公共交通機関も苦手だ。末裔は生きづらいんだぞ?」
大雅はトーストを齧りながらうなずいた。恭祐が車を使っているのはそういう理由もあるのだろう。
「槇田さんの件は、ちゃんと売上になったんですか?」
「ああ。なったなった。あの会社は良心的で、60万円」
「それは良かったです。当初の半分ですね」
「まあ、俺はその辺の探偵より早く仕事を終わらせるようにしてるからな。2週間の仕事なら大抵1週間で終わる。その代わり単価をちょっと上げてるんだよ」
恭祐はそう言いながら、目玉焼きの黄身を潰さないようにゆっくりと箸で持ち上げ、そっとトーストの上に置いていた。
「じゃあ、もともと60万円くらいになるかもしれないとは思ってたんですか?」
「ああ、そうだな。二日間の仕事でこんなにくれるとは思わなかったが、結城さん曰く『これだけ早く動いていただき大変助かりました』らしい。水沼さんが俺と桂に説得されたと報告してくれたんだと」
「そうなんですね。まあ、それなら良かったです。所長、水沼さんとちゃんと会話できてるじゃないですか」
「馬鹿野郎。鼻で息するのを止めて口呼吸で頑張って会話をしたんだ。肺活量に自信がなくなったぞ」
「……ほんとに匂いなんですね」
「なんかクラクラしてくるんだよ、女の匂いは」
「耐性が無さすぎるだけだと思いますよ」
鼻呼吸をやめて会話をする、というのは一体どういう状態なのだ。
水沼は息の荒い恭祐を不審に思わなかったのだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!