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この地を踏んだ時は黄金の宮殿は遥か遠くに霞んでいたが、徐々に靄は晴れてきた。 シェヘラザード。青い瞳の残映が胸の内で濃く熱く膨れて萎んだ。勝者となってもシェヘラザードの眼差しも黒髪一筋も手に入らない現実に悶えた。 だが王都の兵士となりカーイドとなれば──そう思うと同時にナシールの言葉が頭の中を駆け巡る。 『ランプに灯された命の炎は常に風で揺れているのだから』 血生臭い死闘を重ねても、詩人の無惨な骸は瞼の裏に焼き付いていた。シェヘラザードに伸びる不穏な影があるとでもいうのか。あのような美女を害しようと企む者がいるなら、今すぐにでも武技を役に立てたいと鳩尾が熱く燃える。 『王は血を好まれる』 アッバスはシェヘラザードを愛妾と言っていた。王妃としての地位を得られない事情があると。 王のシェヘラザードに対する愛は観衆が見守る中で明確に示されたというのに。 王妃ではなく愛妾なら欲すれば──抑えた欲望が膨れ理性の壁にひびが入る。 モルテザの胸に甘い蜜が溢れた。張り詰めていた筋が弛む。勝つしかない。薄暗いベールの内に隠された秘密と玲瓏たる美女の愁眉を解き、その吐息に触れるには。
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