27人が本棚に入れています
本棚に追加
/136ページ
この地を踏んだ時は黄金の宮殿は遥か遠くに霞んでいたが、徐々に靄は晴れてきた。
シェヘラザード。青い瞳の残映が胸の内で濃く熱く膨れて萎んだ。勝者となってもシェヘラザードの眼差しも黒髪一筋も手に入らない現実に悶えた。
だが王都の兵士となりカーイドとなれば──そう思うと同時にナシールの言葉が頭の中を駆け巡る。
『ランプに灯された命の炎は常に風で揺れているのだから』
血生臭い死闘を重ねても、詩人の無惨な骸は瞼の裏に焼き付いていた。シェヘラザードに伸びる不穏な影があるとでもいうのか。あのような美女を害しようと企む者がいるなら、今すぐにでも武技を役に立てたいと鳩尾が熱く燃える。
『王は血を好まれる』
アッバスはシェヘラザードを愛妾と言っていた。王妃としての地位を得られない事情があると。
王のシェヘラザードに対する愛は観衆が見守る中で明確に示されたというのに。
王妃ではなく愛妾なら欲すれば──抑えた欲望が膨れ理性の壁にひびが入る。
モルテザの胸に甘い蜜が溢れた。張り詰めていた筋が弛む。勝つしかない。薄暗いベールの内に隠された秘密と玲瓏たる美女の愁眉を解き、その吐息に触れるには。
最初のコメントを投稿しよう!