3/12
前へ
/219ページ
次へ
王が玉座に座る。今までのいずれよりも近い距離。心的にも物理的にも。王の年の頃は三十代後半。中背で身は引き締まっている。こわい黒髭で口元に威厳を作っているが、良く見れば細面で残忍と狂気は窺えない。 「皆がそなたの美しさに息さえ止めるのはいつものことだ。ほら、ジャリルを倒した勇者でさえ、そなたに見惚れているではないか」 シャフリヤール王の低く響く声がモルテザの目を覚まさせた。やや血の気の引いた顔を王に向けると、王はモルテザを指差しシェへラザードの耳に唇を寄せていた。居たたまれず逃げた隻眼が青い瞳に囚われる。 だがシェへラザードはすぐにモルテザの熱視線から瞳を外した。そんな二人の様子を見ても機嫌良さげに笑みを湛え、王の目尻は下がっていた。 「見惚れるのも無理はない。シェへラザードは容姿が美しいだけの女ではない。頭の中には古今東西の知恵が詰まっている。それを糸のように器用に引き出し、余に毎夜面白い物語を紡いでくれるのだ。真に得難い女だ」  王の言葉に神妙に頭を下げる。どうやらモルテザをシェへラザードの美しさに魅せられる崇拝者の一人と捉えてくれたようだ。
/219ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加