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「モルテザよ。そなたこそシェへラザードが予見した者ではないのか」 王の声が唐突に高くなった。ラッパに吹かれた従者のようにモルテザの肩が跳ね上がる。戸惑いで隻眼を見開き顔を向けると、自ずとシェへラザードの瞳に吸い寄せられてしまう。ともかく何のことを言っているか分からないので答えようがない。酔いと熱気が急激に冷めていく。 「はい、ジャリルを倒し闘技会で優勝したモルテザこそ勇者。正しいことをなす者に間違いございません」 玲瓏たる声が天幕内に漂う静寂に雫を落とした。シェへラザードの細い指がモルテザを指し示す。細腕を飾る金環がシャラリと音を立てた。 「ならばモルテザを余の近衛としよう。余を守ることが、この国の繁栄に繋がるのだからな」 「いいえ、王様。囁く声は別の使命を彼に与えよと申しているようでございますわ」 シェヘラザードはモルテザに視線を固定したまま、王の手に自身の手を重ねた。モルテザの頭の上で交わされている会話の、内容が未だ見えてこない。
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