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「私は囁きを耳にしました。美姫が貴方を呼んでいるように思います。美姫は自分の元に勇者が辿り着くことを望んでいるのかもしれません」 「美姫ではなく、貴方が望んでいるのかと聞いているのです」 答えが是であっても虚しい。救いたいのは国でも美姫でもなく彼女なのだから。 「勇者の物語を……貴方が森の秘密に触れたとき、また新たな物語が生まれるでしょう。私はそれを望みます。古の文献ではなく、これから生まれる物語を」 シェへラザードの揺るぎない答えがモルテザの力の種に養分を与えた。花顔柳腰としたシェへラザードの内に、どっしりと根を張る大樹の影を見た。理由は分からない。この瞬間、王には見えない透明な糸が二人を結び付けた。 「余の巫女であり、夜の語り部、青く麗しい余の星、月よ。そなたの望みでもある森の秘密を解き明かす使命をモルテザに与えよう」 突如響いた王の声は甲高く道化じみていた。この国の王でありながら国の行く末を見据えることなく血の遊戯に興じる道化。 シャトランジの盤から弾き出してやりたい暗愚な王だ。シェへラザードは重なる絹衣の内に秘策を隠しているのだろうか。彼女の意志の支柱となる何かがあるというのか。 森の奥に眠る秘密よりも、彼女の肌の下に息づく秘奥に触れたかった。
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