1/12
前へ
/219ページ
次へ

約束通りモルテザには広い邸宅があてがわれた。王宮の門を出て、高官や将軍の住まう一角に位置するのだから厚待遇といえよう。森に向かうという新たな試練に対しては数日の猶予が設けられている。焦熱を放つ黒いゴレ砂漠の途中に森があるのだから、休息を兼ねた準備期間が必要だった。 その数日というものはモルテザの決意を鈍らせるものでもあった。臆しているのではなく、一にも二にもシェへラザードの身を案じる故だ。彼女の声を思い起こしては、モルテザは恋情に身を焦がした。 美姫については宴の後、もう少し詳しい説明が得られた。使命自体が漠然としているのは、誰一人として美姫を見た者がいないからなのだ。連綿と語り伝えられる伝承では、姫の美しい姿を求めた勇者達は一人の王の御代につき一人はいたようだ。 シェへラザードの耳しか拾えない囁きによると、姫は千の月の光を集めたような美貌だという。シャフリヤール王の推測では四代目エスカンダー王の息女の一人ではないかということだった。 それにしても、ただの人が二百年以上も生命を維持していられるとは思えない。 「アンラの災厄に関連していると余は考えている。姫はアンラに呪いをかけられ、アフラの光届かぬ闇の中に落とされ苦しんでいるのではないか」 「姫が目覚めたという囁きもありました。モルテザ、私が予見したのではなく、姫が貴方の訪れを予見したのかもしれません」 王の見解にしても、シェへラザードの言葉にしてもモルテザの求めるものではなかった。彼が知りたいのは、それがシェへラザードの幸福と自由に繋がるかという一点に尽きる。その謎を解き明かすことでシェヘラザードを救えるなら、森の奥だろうと燃え盛る炎だろうと直ちに飛び込んで見せただろう。
/219ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加