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パルディーゼ王国の歴史は五百年前に遡る。古の羊皮紙には、初代王カラウーンは金貨千枚で買われた奴隷で、アルフィー(千の人)という異名を持っていた云々とある。他国を併呑して拡大し続けた版図は東西に伸び、三つの海を抑え、王都の中央を流れる大河により発展を遂げた。遠く東へは草原の国へと道は続き、西にはアヴァンド山をはじめとした高山が、灼熱のゴレ砂漠を見下ろす形で聳えていた。
シャフリヤール王は瑠璃杯に注がれた葡萄酒で髭を濡らしながらシェヘラザードの露な肩を抱いた。
「魔物達の声を今日も聞いたのか?」
「魔物かどうか……囁く声はございました。森に住む精霊なのかも。風の音と紛うばかりの微かな……」
不可思議な問いに不可解な答えを返す。シェヘラザードには人ならざる者の声を聞く力が備わっていた。
「良いことか悪しきことか」
「恐らく良いこと。この国にとって正しいことを為す者が訪れると。そのように聞こえました。どのような者かまでは分かりませんが」
「ふうむ。ならば安心だな。さて、美と知に溢れた愛しいシェヘラザード。今宵はどんな話しを聞かせてくれるのか」
ランプに灯された炎が揺れる。
「王様の喜びのために今宵も語りましょう。一夜に一話ずつ。ただ、お願いがあるのです」
「何だ?」
王のカンディス(主に貴族の貫頭衣)の広袖に細い指を忍ばせ、シェヘラザードは瞳と唇で訴えた。
「私の物語を羊皮紙に記しておきたいのです。この世に生きた証として。私が死んでも後世に残るように」
「容易いことだ。むしろそうすべきだ」
シェヘラザードが歌うように物語を紡ぐ間、小さな蜘蛛が天井に巣を張っていた。縦糸に横糸を巡らせ、網目が円く拡大していく。レースのような円網は、指で摘まめば容易く壊れてしまう儚くとも巧妙な罠だ。横糸の粘球が光を弾いても、天井の隅で為される小さな蜘蛛の策謀を誰が気にするだろうか。
サラサラと落ちる砂時計の砂。雲は流れ月を隠し、静かに夜が更けていく。
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