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駱駝に脚を折らせ、男は砂の上に降り立った。橙色の残照で薄く染まる水色の空は、赫々たる太陽が完全に消えるとプルシアンブルーに塗り替えられる。頭上には、彼が羽織る駱駝の革マントから突き出たシャムシール(曲刀)のような月が白く朧に浮かんでいた。 熱を避け砂中に潜っていた生物達が顔を出す。 アフラからアンラへ。この世は善と悪とに二元化され、常にせめぎ合っていると云う。 「ビスミラ」 信仰を低く呟き旅の無事を神に拝謝した。昼は駱駝の背に揺られ延々と続く熱砂を進み、オアシスに憩うベドウィンのテントで夜を明かした。革靴の下を流れる砂の先には、頑強な城壁に囲まれた日干しレンガを重ねた家々と、その中央で黄金のドームを冠したブルーの宮殿が繁栄を誇示していた。 男は王国の西側にある湾を挟んだアミブ半島のカラン部族出身だが、彼が生まれる前に王国に併合されている。定住するサラディバから王都パルサを目指したのは、シズラ太陽暦の三の月、春祭ノウルーズの勇者を決める大会に出場するためだ。王主催の大会は各都市に告知され、男以外にも東西から猛者達が続々と集ってきていることだろう。 男を先ず出迎えたのは関所を見張る二人の役人だった。 「名と出身を言え」 「モルテザだ。サラディバから来た」 高圧的な口調の役人に短く告げる。 「許可証を見せろ」 許可証は勿論携えていた。だがモルテザが役人に見せたのは、さらに高位の自己証明だった。 「あ……勇者の……」 モルテザは逞しい胸に下がる首飾りに指を掛け、勇者の証、王家の紋章が刻まれたターコイズを持ち上げて見せた。役人達の態度は途端に和らぎ、卑屈なハイエナのように肩を下げ道を開ける。モルテザはサラディバの闘技大会で六度の優勝を果たした勇者だ。今度優勝すれば七度目となり、王の御前で勇者としての地位を確たるものに出来る。さらに王の近衛として取り立てられ、地位を得るのだ。ゆくゆくはカーイド(軍司令官)として。 「大会の出場者か……」 「今の奴に賭けるか?」 役人達の囁きと視線を背に受けながら進む。アンラを退ける炎が遠近問わず揺れていた。光と喧騒と熱気が近付いてくる。
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