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「それより、浴場はあっちよ」
「ああ……」
大粒の真珠に釘付けになっていた視線を剥がし、ラーメシュに従う。
モルテザの故郷サラディバにも浴場はもちろんあったが、これほど文化的ではなかった。と、いうのも外壁は瀝青で塗装され、黒大理石と見紛う光沢を放っている。内部には固めた瀝青が敷かれ、白い漆喰と黒とが調和して洗練されていた。浴槽は大理石で作られ、二つの蛇口を捻ると湯と水が出る仕様となっているのだから驚きだ。
仕切られた小部屋は基本的に一人で用いるため、モルテザは湯に浸かり無心で贅沢な時間を堪能した。
砂漠を横断中はラクダの尿で髪を洗っていたが、ここでは粘土と乳で肩に掛かる黒髪にこびり付いた汚れを落とした。
「ますます男前になったわね。今度こそ美味しい料理が食べられる宿に連れてくわよ」
さっぱりしたら、次は食事と休憩、そして女だ。ラーメシュに手を引かれ東側に戻る。活気と明かりは市場の裏通りにそろそろ移り始めているようだ。女達の嬌声と男達の下卑た笑いが交差し、酒と化粧の俗悪な匂いは故郷と変わらない。酒場、娼館、ハーン(宿)、そのどれでもあり、どれでもない。
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