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 その事件は、ある日、突然起こった。その日は休日で、私は彼とのデートを楽しんでいた。まず以前から興味があり、一緒に見る約束をしていた映画を見た。彼は涙もろくて、そんな彼がますます好きになった。映画の後は買い物をして、レストランに入った。何を話したか思い出せないくらい、いろんな話をした。一日があっという間だった。いつの間にか空が暗くなり、別れる時間になった。夜も一緒に過ごしたかったけれど、この日は彼に用事があったのだ。そして、そこまでは幸せだった。  彼と別れて、私は夜道を歩いていた。人通りの少ない道だ。イヤホンをして、彼が好きだという音楽を聴きながら、私は幸せでいっぱいで、周りのことを意識していなかった。今日のいろんな彼の顔を思い出してつい微笑んだりしながら、ぼんやりと歩いていた。背後の気配に気づいたのと、イヤホン越しに「危ない!」という声が聞こえたのはほぼ同時だった。振り返ったとたん、何かが私にのしかかってきた。何が起こったのか分からないまま私は倒れた。頭を打ちそうだったけれど、伸びてきた手が頭を支えてくれて、地面にぶつけたりはしなかった。  うぅ、と呻きながら私は体を起こす。混乱したまま、のしかかってきたものを見る。それは彼だった。顔が苦痛に歪んでいる。カチャリと何かが落ちる音がして、そちらを見ると人が立っていた。その人が落としたと思われるものが地面で光っている。月明かりに照らされて、それが刃物だとわかる。立っていたのは、どこかで見た…そう、大学で、いつの私に嫌な視線を投げかけてくる女性だ。名前は知らない。  く…と声がして、私は我に返った。彼のうめき声だった。大丈夫!?と私は叫ぶように聞く。倒れている彼の身体を抱き起そうとすると、手にぬめりとした感触があった。彼の血だった。彼が、掠れるような声で何か言おうとした。大丈夫?と言ったように感じて、私は大丈夫、と答える。その後はとぎれとぎれで聞きにくかったけれど、誰かが私の後をつけているのに気付いて引き返してきたのだ、というようなことを言っているようだった。  「こ、こんなつもりはなかった…」  背後で声がして振り返ると、さっきまで立っていた女性がへたりこんでいた。私は現実感がなく、ただ、彼女が、彼と付き合っている私を恨んで私を刺そうとしたところを、彼が守ってくれたのだ、とぼんやりと考えていた。  どれくらいそうしていただろう。彼はもう動かない。女性も座り込んだままだ。ふと私の頭に、彼の秘密の事が浮かんだ。そうだ、彼には秘密がある。あの秘密が。暫く考えて、私は座り込んでいる女性に声をかけた。  「ねぇ、このことは黙っていてあげる。その代わり、手伝ってくれない?」
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