帰りたくなる場所

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 一度だけ本部長の自宅まで、迎えに行ったことがあったのでなんとなく道のりは覚えていた。車を走らせる前に電話を掛け、本人から今は調子がいいから大丈夫と返事を貰っている。車が順調に走る度に何を話したらいいか頭を整理していた。三つ角で信号に捕まる。 「あの角を曲がれば確か部長の家が見えたよな」    信号が青に代わりアクセルを踏み込んだ。曲がり終えると数百メートル先に小高い丘が現れた。 「あれ!」  そこに広がる光景に黒木は心を奪われ目を見開き、感嘆の声を漏らした。 「こんなに綺麗だったのか……」  本部長に事前に教えてもらった場所に車を停める。見上げることが出来る。停めた車の上には見事なほど花が咲いていた。以前来た時は冬で何もない丘のようだったが今は違う。そう言えば本部長に言われたことを思い出していた。  「今度春になったらうちに来い。きっと驚くぞっ」  色とりどりの花が迎えてくれるのだ。梅の花、桃の花と木々にはピンク色や白い花が見事に咲いている。ちょっと坂になった家へ続く道を上ればツツジや忘れな草と何色も色を奏でるのだ。暫く見惚れた。つい今しがたまで塞いでいたのが嘘のように晴れていく。 「おい……」  声がした。声の主は本部長だった。 「神崎(かんざき)本部長! お久しぶりです」  ゆっくり歩き迎えに来た神崎に駆け寄る黒木。 「わざわざすまんな」  神崎は頭を下げた。 「とんでもない、でもお元気そうで何よりです。それと……見事ですね、ご自宅のこの風景。忙しかった自分に束の間の花見気分が味わえましたよ」  神崎は誇らしく笑った。 「花見かぁ……いいな、それ。たまに来いよ、いつでもここに来ればいい。なんなら彼女でも誘そってさぁ」  今度は冷やかすように笑う。 「でも、どうだ? 自宅がこんな草木の花々に包まれた庭ならだろう?」  神崎は見上げながら目を細める。  「そうですね。どんなに辛いことがあっても帰ってきたくなる……そんな気がします」  神崎と黒木は舞い散る花びら暫く見上げていた。ふっと息をする神崎。 「黒木、さぁ仕事の話をしようか? 色々迷ってるんだろ? それと……」  まっすぐ神崎は黒木を見た。 「おもいきりやれよ。心配するな。例えあの場所に俺がいなくても責任は俺が取るから。お前は好きなようにやれ。願わくば、いや、俺の夢だ。お前が俺に追いつき、そしてそれ以上になってくれるのがな。でもその時は俺はまだ、お前の先を行くがな」  神崎は笑い、黒木は頷いた。やはりいつまでもこの人はこの人らしいと思った。追いつくなんてできる訳がない。しかしいつかでもあった。  ひらひらとひらひらと舞い散る中、自宅へと歩き出す神崎。  その後を付いて行く。もう一度見上げた。満開の花々が二人を包み込む。 「帰りたくなる場所か……」  黒木は呟いた。  ── 一時間ほど前──  黒木から連絡があった。今から来るという。  ──清海は黙っているが、多分俺はもうテラスヒューマニティには戻れないだろう……。それなら俺の想いをあいつに残そう。俺の夢のひとつして。黒木が成長してくれることを── 〈了〉
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