5.ジャムった感情

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 先生が私の瞳を覗き込む。 「心は決まりましたか?」 「ええ、でも……一つだけ確認させて」  私は会長に向き直り、尋ねる。 「お花見って、 ソメイヨシノの花であってますか?」  会長は一瞬考える素振りを見せた後、「そりゃお花見と言えばソメイヨシノに決まっているだろう」と爽やかに笑った。  私が「決まりました」と言うと、二人は再び私に手を差し出す。 「俺の庭で、花見するんだよな?」 「私のサロンで、お茶をしませんか?」  私は、先生に頭を下げ、生徒会長の前に歩み出る。 「俺を選ぶんだな? では選択肢を読み上げろ」  会長に言われ、私は、自分に提示された二つの選択肢を見据える。 (自信を持て! 自分が選び抜いた選択肢だ!)  ふぅーーっと息を吐き出し、私は口を開く。 「、『お花見がいいな』」 「うん?」  想定外の枕詞に先輩は一瞬戸惑ったようだが、すぐに通常運転に戻った。 「そんなことならお安い御用だ」 (よし! 言質はとった!)  私はガッツポーズをする。  もちろん勝算はあった。  選択肢を却下するというプログラミングは、されていないはずだもの。  先生が横から、気まずそうに会長に話しかける。 「あのぅ、お言葉ですが……」 「なんだ?」 「ソメイヨシノは結実しません」  ーーやった! 予想的中!  桜の通学路でサクランボを見た覚えがなかったんだ。 「桜は『自家不和合性』と言って、自己受粉できない性質を持ってます。そのため通常は別の木の花と交わり受粉しているのですが、ソメイヨシノは同じ遺伝子を持つクローンのため、自然繁殖できません」  先生の説明に、会長は口に手をやる。 「む……確かに、接木で増えると聞いたことがあるな」  全ては予想通りに進んだ。  エリート志向の理央会長なら、実益に直結しないことについては無関心だと踏んだ。  そして阿賀辺先生も、専門のこととなると熱い漢だと思ったんだ。生物教師としてのレクチャーもバッチリだ。  逆ハーを極めた私の目に狂いはなかったのだ。
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