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「時に嘘は必要なんだよ」
「学校で嘘つきは悪いことだーって習ったよ」
「嘘じゃない。君だってさっき冗談だって言ったじゃん。冗談とか、建前とかお世辞、そういうのは嘘って言わないの!」
「ふーん。なんかめんどくさいね」
「みんなそうやって上手いこと使い分けてんだよ」
「あーめんどくさ。わたしは器用に使い分けできないからこのまま嘘つきになっちゃいたい」
「なれば?」
「じゃあ花占いで決めよっと」
一乃々佳はソメイヨシノの花の根本を器用にちぎった。
桜で花占いっておまえ……中学校の校章も桜だったろうに……。
「嘘をつく、つかない、つく、つかない……つく!」
でしょうね。そりゃ5枚だもの。
最後の一枚、一乃々佳は指先で花びらを引っこ抜いて言う。
「よし、じゃあここで誓いを立てよう」
「なんの?」
「嘘つきになるための盟約。桃園の誓いってやつ? あれやろう」
「それは桃だ!」
「じゃあ、桜木の盟約。ほら、わたしがまだ魔法少女で、ヒカルくんが暗黒騎士だった時にも誓ったでしょ?」
「そんな明るく黒歴史を語るんじゃないよ」
「いいじゃん」
昔、小学校を卒業して、中学校へ入学する前にこのソメイヨシノの下で一乃々佳と誓いを立てた。ちょうど今みたいに互いが新しい生活に対する不安を鼓舞し合って払拭する儀式のように。ひたむきに明るく、ふざけあって。
たしかこう。
――魔法少女がピンチになったら暗黒騎士は、ダークスプラッシュで助ける。
――暗黒騎士がピンチになったら魔法少女は、魔法の力で助ける。
魔法のステッキと、黒い刀身の刃の先とを突き合わせ、ソメイヨシノに約束した情景が蘇った。
これが桃園の誓いだったとしたら三者いるはずだ。ソメイヨシノも同時に僕たちに何か誓ったのだろうか。そんな妄想はあまりにドラマチックが過ぎるか。
僕の中学生活は、特段ピンチもなく平凡な日々だった。が、一乃々佳は違った。
一乃々佳が魔法少女を引退するくらい成長してしまったころ、一乃々佳がある日を境に学校で女子たちからハブられるようになっていった。
そのとき僕だってもう暗黒騎士ではなく、闇の力で彼女を救うことはできなかった。
一乃々佳は僕の家のソメイヨシノが満開の時でも、散って新緑を得た時でも、灰色一色になった時でも、ここで僕とふたり語り合った。そのとき一乃々佳は「暗黒騎士が救ってくれた」と言っていたことがずっと心の中に残っている。
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