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そう言いつつ、僕は当時考案した「暗黒龍の構え」を一乃々佳に披露すると、一乃々佳はピョンっとベンチに乗っかり、
「やや、出たな暗黒騎士! 魔法の力で浄化してあげるから見てなさい!」
言って、本来はここでステッキのボタンを押し、そのステッキで「えい」とイチノノカビームを放ち、僕はいつも倒れこんで敗北する流れだ。
過去の戦績は全敗。魔法少女の圧勝だったのだが、今日は勝てるかもしれないと思い、僕はたたみかける。
「フフフ、そのステッキは我が力によって無効化している。今日こそはこの刃の錆にしてやろう」
「くそぅ、だからこのステッキの魔力が解放できないのね」
とんだ演劇が始まってしまったが、やぶさかではない。
「魔法少女よ、おぬしは穢れてしまったのだよ。我のように暗黒面に落ちる時来たれり!」
「うぐっ」
魔法少女はベンチの上でひざまずき、胸を押さえて苦しんでいたかと思えば、むくりと立ち上がり、わざとらしくステッキをポロっと落としてみせた。驚いた顔で自分の両手を見つめ、
「これが、暗黒面の力…………くっくっく。暗黒魔法少女、暗黒一乃々佳の誕生!」
言うと横ピースの間から不敵な笑みを浮かべて僕を見た。
よもや女子高生のやっていいポーズではないが、僕の目には確かに彼女の周りに黒々したオーラを纏っているエフェクトが見えてしまっていた。
暗黒魔法少女の誕生である。
さあ、この辺でもういいだろう。
「はーい。終わり」
「ええー、これから熱いバトルになるんじゃん」
「もういいだろ」もういいよ、やめよう、こんなこと。
今日がきっと最後なんだよ一乃々佳。こうやってふざけあえるのも、この先大人になったらもう来ることはない。そのステッキのように、魔法少女が存在する幻想世界で高校生以上は住むことが許されない。もう…………電池切れなんだ。
「で、暗黒魔法少女さんはこれからどうすんだ?」
一乃々佳はお得意の「白鳥の構え」で対抗姿勢を取っていたが、僕のせいで無理やり現実世界に引き戻されがっかりと言わんばかりの表情でベンチから軽く飛び降りて、地面に落ちたステッキを拾って付いた砂をはらった。
「……暗黒騎士が教えてくれたみたいに、嘘を纏って生きるよ」
「それって多分、きついぞ」
「今より、……ましだよ」
さみしそうにうつむく一乃々佳に、少々酷なことを言ってしまったと後悔した。
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