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宴会は6時からで、定時の5時を過ぎると続々社員が集まって来た――なぜか支店長は定時前に悠々と来たけれど。
が、20人も押し込まれるとその部屋は身動きも取れず、春先だというのに熱気さえ感じるほどだった。
桜は、満開だった。
春香と海は、お花見なぞ興味もなく、非日常の興奮で、はしゃいでドタバタ廊下を走ったり滑ったり。
「春香、海! なあんて元気なの! それなら宿題とかすぐにできるわよねえ! 今すぐに!」と鈴子は叫んだ。
途端、春香と海は大人しくなって大人の会合場から消えた。
が、肝心のお花見部屋は、そんなに人数がいるのに、黙々と食べたり飲んだりする音ばかり。シンとして盛り上がらず、鈴子はやりたくもない料理運びに立ったりした。
「いいのよお、それは私たちがやるから」
相変わらず、独身寮のオバチャンとAさんは、キッチンは自分のものと言わんばかりに鈴子を追い出す。笑いながら唐揚げ、ポテトサラダをよそっては、お花見部屋と行ったり来たり。
「いやぁ気が利きますわなあ。料理も飲み物も途切れないタイミングで」
「まあ私なんて」
……Aさん妻、そうやって褒めてもらいたいタイプの人か。こっち押しのけといて手柄独り占め。
で、鈴子は仕方なくそのギュウマンの部屋の開き戸を出た横に控えているしかなく。
そのうち料理の行き来も途切れ。
……し~~~~~ん。
それって、確か手塚治虫先生が初めて漫画で静かすぎる様子の擬音として使ったんじゃなかったっけ?
とか、どうでもいいことを思い浮かべるほど居たたまれない。みな、他にやることがないので食べては桜の木を眺め、飲んで食べてまた眺め。
「その……光る花びら、ですか? 見つけたら最高の場所へ、って、どこなんでしょうね。皆さん、どこがそうだと思いますの?」
鈴子は端っこの優作に話題を投げた。
「えっ僕? そうっすねえ、好きなホークスが移転したばっかの福岡行きたいっす」
「パ・リーグ? 野球はやっぱり巨人だろ」
「もちろんです。野球ネタは営業の時はご法度ですが、こういった場では存分に語り合いたいですね」
支店長が巨人ファンらしく、Aさん夫らしき上司が即時、わざとらしいほどに持ち上げた。まあ会話が少しでもある方がいい。窓に近いあちら半分は少し和やかになった。
「じゃあ、あなたは?」
次はしのぶへと聞いてみる。
「私? 私は地元民なので、ここが最高です」
「まあそうなの。じゃあ今度名所教えてね」
キッチン側こちら半分も少し話が弾みかけてきた。と思いきや。
「ここは何もないよなあ。観光にも住むにも買い物にも。俺は早く東京へ帰りたい」
支店長があっちから割り込んできて水を差した。野球の話で盛り上がってたんじゃないのかい……また、シンとした場に逆戻り。
「そ、そうですとも。支店長のおっしゃる通りです」
嫌々太鼓持ちしてるのが見え見えなこの人は、Bさん夫かしら。
「い、いやあ、……私なんか、知らない土地を知るのも楽しいかと。こういった転勤族の仕事冥利と言いますか」
竜也が支店長ら上司の機嫌を取りつつ、仏頂面の若手をなだめつつ、冷汗だくだくでフォローをしており……ああこれはまた胃薬だな、と鈴子は思う。
これほど盛り上がらない会があるだろうか。ようやく会話の端っこを手繰り寄せてみれば、それをペシャンと潰す上司。
つまり、今後の運動会だったり花火大会や納涼祭なんかも、みんなこんな感じ?
何が楽しいのさ、Aさん妻よ。
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