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どれくらいの時間がたったのだろうか。
ぼくたちは人間とは少し違った時間軸を持っているため、時間そのものを気にしたことはあまりない。
朝露だろうか、冷たい何かがぼくの顔に落ちてきた。その冷たさの中でうっすらと意識が回復し始める。
ぼくは誰だったか。ここはどこだったか。
ああ、そうだ。ぼくは―――確か、人間に切り倒されたんだっけ。
と、いうことはぼくもやはり他の仲間たちと同じように木材にされたということか。それでも長くあの場所にいることができた。ぼくは運が良い。
しかし、身体を失っても意識だけはしっかりしているとは因果なものだ。それがゆえにもう桜の君に会えないという絶望を二度も味わうことになってしまった。ぼくは少しだけ神さまが嫌いになった。
桜の君。
ぼくが好きになった人。
もう、会えないのか。
桜が咲く時期になると会うことのできたぼくの好きな人。
遠くから見ることしかできなかったけど、好きだった人。
そう思うとなぜか胸の奥がきゅっとなり、苦しくなった。
目頭が熱くなってくるのを感じながら、ぼくは改めて自分の姿を客観視した。
するとぼくには前と同じように手足があるではないか。
まだ、身体が存在する。
ぼくの身体は人間が座るベンチになっていたのだ。それも複数。
そのおかげでベンチが配置されている空間をぼくは自由に移動することができた。以前のぼくは地面にしっかり根を張っていたから自由に動くことはできなかったのだ。
ぼくは神さまに感謝した。
お日様の気配はない。お月様がぼくをやさしく照らしてくれている。
そして、ここがぼくがいた公園であることに気づいた。
だったら、あの子も。桜の君も。
そう思うといてもたってもいられず、ぼくは走り出した。
この温かさは春。今の季節は春だ。
春になると桜の花が咲く。あの桜の木の影には桜の君が―――。
息を切らしてぼくは走った、桜の君の桜の木を探しながら。すると―――あった。ぼくの身体の一部となったベンチ、そしてその隣にはあの桜の木が。
見間違えることはない。絶対にない。ずっと、ずっとぼくは見ていたのだから。
満開の桜の木。桜の君の桜の木。ぼくはその美しい花を見上げた。
あの時、遠くに見えたその花が、今はぼくの手の届く場所にある。
ぼくは気配を感じて振り返る。すると桜の木の影には、あの子が―――。
「あ、あのさ」と、ぼくは桜の君に声をかけた。
桜の君は振り向き、にっこりとぼくに微笑んだ。
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