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死刑囚・忍田傳
都内拘置所――
日本で最も多くの確定死刑囚が収容される、犯罪者の檻にして終の住処。
12月初旬、午前7時。
ベテラン刑務官の伊勢(いせ)と、新しく管区警備隊となった刑務官の佐古(さこ)は、朝の点検作業中だった。
点検とは、収容棟にいる被収容者の人数や健康状態を確認するため巡回することである。
点検作業はつつがなく進み、二人の刑務官は、最奥の部屋――奇数番号が振られた単独室、いわゆる独居房の前で立ち止まった。
「番号319、忍田(しのだ)傳(てん)」
扉の小窓を開けて呼びかけると、居室内の点検位置で正座した男が顔を上げる。
それは世にも美しい顔貌を持つ男だった。
ひどく穏やかな表情の彼の傍らには、クマのぬいぐるみがちょこんと鎮座していた。
「それは?」
死刑囚の独居房に似つかわしくない可愛さを放つそれを、新人の方の佐古が訝しんだ。
忍田傳の代わりに、伊勢が小声で答える。
「自己契約作業の産物だ」
「ああ、死刑囚は刑務作業はできませんものね。ですが……裁縫などさせて良いのですか?」
「こいつは特例だ。どうしても裁縫がしたいと希望を出し、通らないと分かると10日間断食して抗議しやがった」
「10日……!?」
「奴は分かってるのさ。自分の命は交渉材料になると」
刑務官にとってもっとも恐れることは、刑の執行前に死刑囚に命を絶たれることなのだ。
「その代わり、作業が終われば、貸し出した道具はハサミや針どころか糸の一本に至るまで数を確認し、回収している」
伊勢は細い目をさらに細めて、クマのぬいぐるみを凝視した。
「見事な出来栄えだな。おまえが優秀な洋裁師だというのは本当だったようだ」
佐古はギョッとした。刑務官の死刑囚への話しかけは最低限であるべきなのに、伊勢が言葉をかけ続けたからだ。
特に今は――必要な単語だけを伝えるべき場面なのに。
「……おとなしく布だけを縫っていればよかったのに、人体なんて縫いやがって。なあ、『ツギハギ殺人鬼』?」
伊勢は、忍田傳を表す俗称――新聞やネットや人々の間での通り名で彼を呼んだ。
「人間を切り刻み、縫い合わせる。赤子の体に老人の頭を取りつけ、女の股に男性器を縫いつける――本当に貴様は悪魔だよ!」
伊勢の瞳には隠しきれない焔があった。
ベテランらしく冷静な彼が感情を露わにするところを、佐古は初めて見た。
それほど忍田傳に怒りと――どうしようもない畏怖を抱えているのだろう。
26人もの人間を殺し、その死体を完膚なきまでに損壊した彼に。
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