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ツギハギ殺人鬼、忍田傳。
優秀な洋裁師として働く傍ら、毎月のルーティーンのように人を殺した死刑囚。
その手口は残虐そのもので、これと決めた標的を調べ上げ、拉致し、命を奪い、四肢胴体をバラバラにする。
被害者は必ず、毎回ふたりいた。
忍田傳は、同時にふたりの人間をストーキングし、頃合いを見て攫い、薬剤を注入して殺し、全身をパーツごとに切り離した。
そしてそれらを縫い合わせ、一体のいびつな『人体』を作り上げた。
ネット民によって、人体カスタマイズ、人間キメラという悪趣味な俗称をつけられたその行為をくりかえし、彼の隠れ家には13体のツギハギ死体が飾られていた。
犯行の異様さ、残酷さだけでも吐き気を催すが、もうひとつ特筆すべきは、ターゲットの不特定さである。
老衰に臥した老人を殺したかと思えば、生まれたばかりの赤子を殺す。
悪辣な金の亡者を殺したかと思えば、善良な清貧の徒を殺す。
忍田傳を害した者も愛した者も、彼によって殺され、作品にされた――
ある研究者は、忍田傳を「殺人犯でも殺人者でもない、まさしく殺人鬼だ」と言った。
あまりにも平等だからだ。
それはすべての人類に訪れる、『死』のごとく。
殺人鬼とは、死という概念を具現化した存在を指す。
ゆえに忍田傳こそ、殺人鬼の名にふさわしい。
……伊勢が言葉をぶつけても、忍田傳は無言で表情すら変えなかった。
それどころかうっすら笑みを浮かべている。
多くの人の命を奪い、多くの人を生き地獄に叩き落としたのに、何だその態度は。
数年前、忍田傳の裁判の傍聴席で、少女の遺影を持った母親が泣き崩れる光景を思い出し、伊勢は腰にさした警棒で殴りたい衝動にかられた。管区警備隊にだけ所持を許されるものである。
だが伊勢は、傍らにいる後輩刑務官の不安そうな目線に気づき、呼吸を整え、
「出房だ」
と、忍田傳に短く告げた。死刑執行の合図を。
「……」
忍田傳は表情ひとつ変えず、そっとクマのぬいぐるみに手を伸ばした。
「最後にお願いがあります。これを、必ず契約先に納品してください」
「は?」
「わたくしの最後の作品です。なにとぞお願い申し上げます」
忍田傳は土下座し、丁寧に懇願した。
「分かった」と伊勢が答えると、忍田傳はぬいぐるみを抱き上げた。
毛並みを整えるように、そっと背中を撫でる。
何の変哲もない、クマのぬいぐるみだ。テディベアと言うのだろうか。
座りポーズを取っていて、高さは三十センチメートルほど。
ふわふわの薄茶色の頭と体……ただ奇妙なのは、その背中に模様があることだ。
背中全体に、太めの縦線が大きく入っている。元の布に着色……あるいは染めたのか。
佐古はふと思った。緊張が高まりすぎて、逆にやや弛緩した思考で。
(あの模様……なんだかウリ坊みたいだな)
イノシシの赤ちゃんという、場の雰囲気とミスマッチすぎる存在が浮かんでしまった自身を、佐古は恥じた。
伊勢と佐古に連れられ、忍田傳は刑場に向かった。
処刑への扉を開ける。お香の匂いが漂ってくる。
すぐに仏壇が目に入り、中には数人の刑務官と、教誨師である僧侶、神父、宮司がいる。
忍田傳は多宗教であり、どの教誨師の話も熱心に耳を傾けた。だが特定の神仏に祈ることはしなかった。
前室に入ると、忍田傳は椅子に座るよう指示された。
テーブルに祭壇に供えられた生菓子を置かれ、それをゆっくりと食べた。
「御馳走様でございました」
忍田傳手が手を合わせて頭を下げる。
あとは遺言を聞けば、手錠をはめて目隠しを施し、いよいよ首にロープをかける。
やっとだ、と誰もが思った。
この悍ましい殺人鬼を、間違って人間として生まれてしまった悪魔を、人外の美貌と精神を持つ存在をやっと葬れる。
そう思うと、少しばかり同情心めいたものが生まれる。初めて死刑に立ち会う佐古だけでなく、ベテランの伊勢さえも。
その死によって、罪を雪(すす)げ。
誰もがそう願った――が。
「何か言い残すことはないか」
そう問いかけた瞬間、
空気が一変した。
「ははははははは!!」
忍田傳が笑い出した。それまでの物静かさと打って変わって、ずっと被っていた覆面をかなぐり捨てたように。
人形のように整った顔を限界まで歪ませ、忍田傳は刑務官らに言い放つ。
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