死刑囚・忍田傳

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「これで終わりと思うなよ!」  眼球がこぼれ落ちそうなほど目を見開いて、忍田傳は宣言した。 「俺はこんなところでは終わらない、この『容れ物』が滅びようとも、俺の魂は永遠だ!」  刑務官長が伊勢と佐古に取り押さえるよう命じた。教誨師たちは顔面蒼白になり、必死に経文や祝詞を唱えた。  刑務官たちが総出で忍田傳に目隠しをし、首にロープをつけようとする。 「何度でも何度でも復活して、何回でも何人でも殺して縫い合わせてやる――!!」  それでも忍田傳は笑い続けた。勝ち誇ったように、この世界の絶対的王者のように。  伊勢はささやかでも同情心を寄せたことを大いに後悔した。  忍田傳が『ツギハギ殺人鬼』と呼ばれるのは、もうひとつ理由がある。  奴は解離性同一障害――いわゆる多重人格者と仮診断が下っているのだ。  場面によって穏やかな青年となり粗暴な悪漢となる。さながら天使と悪魔のごとく。  仮とつくのは、忍田傳の知能があまりに高く複雑で、測定不可と出たからだ。  現代の基準や常識では測れない、ツギハギの怪物―― 「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」 「天にまします我らが神よ!」 「祓え給い清め給え神ながら守り給い――」  教誨師たちは必死に祈った。  この魂を救わなくてもよい。裁かなくてもよい。  ただ、この悍ましい魂をあの世に閉じ込めてくれ。  二度とこの世に現れぬように。  それだけを神仏に祈っていた。 (クソッタレめ、早く死ね!)  伊勢はそんな思いを込めて、首にロープをかけた。耳元で忍田傳が哄笑するので、鼓膜がビリビリ震えた。  準備が整った。  刑務官らは執行室の外に出て、非常用停止ボタンを押す勢いで、処刑台のスイッチを押した。  ガコン  執行室の踏み板が開く。  それでも忍田傳は笑い続ける。  数分間、完全に命を落とすまで、ずっと。  ……笑声が途切れ、さらに5分ほど待機した。  立会室の空気が、ふっと緩む。  死んだ。  史上最悪の殺人鬼が、この世から消えた。  医師が死亡確認し、遺体が回収され、清掃が行われた。  全員が無言の中、忍田傳の死刑は終了した。  死刑『は』。
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