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今年の2月はとても暖かい日が続いた。 この分ではいつもの日取りでは桜が散ってしまう可能性があり例年よりも早く花見をすることになったのだが、3月に入って急激に気温が下がり今日の花見の日になっても桜は1分咲きほどだった。 この会社には悪しき慣習があり、花見の場所取りは新人の仕事で毎年新人の中からスケープゴートが選ばれ昼過ぎには1人で場所取りに行かされることになる。 そもそも、会社の花見を楽しみにしている人間がどれほどいるのだろうか? 無礼講だといいながら上下関係はしっかりあり、無礼講なのはセクハラ行為だけという苦行でしかない。 しかも場所取りをしてくれた新人に対するパワハラは見ていて本当に気分が悪い。 特に去年は花が完全に散って花見ではなく葉っぱ見になってしまい、場所も桜の木から離れていた事で昨年の新人は課長に終始グダグダ言われていた。 そもそも花が散っているのは新人が入社する前に日取りが決まっていたから関係ないし、場所だっていきなり1人で行かされるとかある意味いじめじゃないかと思う。あまり積極的な感じの子じゃなかったから大変だったろう。 しかも課長はパワハラ、モラハラ、セクハラの3ハラ課長で上にはコメツキバッタのくせに下の者には横柄だから質が悪い。 そして残念な事に今、その3ハラ課長と2人で花見会場に向かっている。 ババ抜きで負けた気持ちだ。 道が混んでいたということで業者の到着が遅れ、打ち合わせが押してしまい席に戻ると不機嫌そうな3ハラ課長が一人きり席に座っていた。 「お前がダラダラしてるから皆もう行ったぞ。まったくだから女が主任になると仕事が遅くなるんだ。さっさと支度をしろ、オレはお前のせいで待たされたんだからな。タクシーを呼べよ。お前を待っていてすっかりくたびれた。早くしろ」 いやいや、あんたが待ってなくてもいいし、というか普段待ってることなんてないでしょ。 と、心の中で悪態をつく。打ち合わせのスタートが遅れるからと先に行っていて欲しいと伝えていたがまさかの3ハラ課長の置き去りだった。 心も頭も”無”にしてタクシーに乗り込むと後部座席には3人は乗れるはずだから二人の間は充分とれるはずなのに3ハラ課長はぴったりと私にくっついていて掌の向きがおかしい。 むしろその向きだと辛いよね?と思うがここで何かを言うと面倒になりそうなので掌があたっている箇所に塀があると想像しながら堪えた。 男性社員なら到着まで昭和の武勇伝を聞かされ、女性社員ならセクハラ攻撃をうけるために皆、私を贄としたのだ。 完全に”無”となってようやく目的地についた。 探し始めてほどなく、見たことのある男性が手を振っているのが見えた。 お世辞にもいい場所とは言えないが、花見と言っても花なんか見ないし、そもそも今年はまだつぼみもカッチカッチだ。 「おつかれさま」と男性社員に声をかけてシートに上がろうとしたときにキーンという音と共にまるで水の中にでもいるような感覚に陥った。 以前にも似たようなことがあった。 ストレスによる耳鳴り 〖なんだこんな席をとりやがって、お前の顔は忘れないからな〗 〖すみません〗 〖誰もいないじゃねえか!お前がぼんくらだからちゃんと場所を伝えられないじゃねえのか。お前みたいなヤツの面倒を見ると思うとうんざりだ〗 〖あーすみません〗 3ハラ課長は座るなり文句を言い始め、まだ誰も来ていないのにビールを飲み始めた。 二人の会話は耳鳴りを通している為、すこし遠くで話しているような変な感覚になる。 〖はやく呼んで来いよ。気が利かねえな〗 新人の彼をここに一人残していくのは気が引けるから私が残ろうと思った時、新人の彼が先に〖すみません、みんなを呼んできてもらっていいですか?〗と声を掛けてきた。 気を使って言ってくれたと思うが、ここはこの子が残るより私が残った方がよいと考え、「私が残るよ」と小声で伝えると〖いえ、僕が残ります〗と返事が来たため、ここで押し問答するよりはさっさとみんなを連れてきたほうがいいと思い、急いでシートから出た。 不思議なことにシートから出ると耳抜きをしたときのようにプツンと耳が通り耳鳴りも収まった。 3ハラ課長のストレスが思っている以上に堪えているのだと再認識した。 そのうちめまいも併発するかもしれない。 自分の体調のことを考えたら、今後のことを考えないといけないかもしれないと思いつつ周りを見渡すとそこから少し行った、まだ1分咲きの桜の木の下に課のメンバーがそろっていた。 「遅いですよ。課長はどうしたんです?」 「もしかして放置してきたんですか?」 「今年の場所取り、すごいいい場所だったのに桜が咲いてね~」 まるでこっちが本当の場所のように盛り上がっている。 「あっち」と指をさして「席があったけど?」というと 「何寝ぼけてるんですか?あとは課長と〇〇さんの2人だけだったんですよ」 「間違えて知らない人のシートに座ったとか?」 課長がいないからなのか皆楽しげだ。 「でも、見たことのある子だったけど?」と首をかしげると 「3ハラ炸裂してるんですか?」と、みんな自分が助かるために課長を置いてけぼりにしたくせにと思ったが、同じ立場なら私も課長を置いていったたと思うと、みんなを責める気にもならなかった。 「シートに座ったとたんからはじまった。私、見てくるね」 そう言って、急いで元の場所に戻ろうとしたが、見当たらない。 さっきまではシートに一人しかいなかったから凄く目立ったし、今は2人しかいないからほぼほぼ先ほど見つけた時と同じような感じで見つけられるとおもったのに。 なにか騒ぎがあったのか騒然とする中を通り過ぎる。 本当に花見と言いながら飲んで暴れる人の気が知れない。 そう思いながら探しているが気が付くと人がまばらなゾーンまで来てしまった。 慌てて戻ろうとしたとき、二人の警察官が私を追い抜いて行った。 何があったんだろうと思いつつも早く二人を見つけないとあの子が可愛そうだと思っていると大声で叫んでいる人が居てその声に聞き覚えがあった。 声が響いている方向を見ると3ハラ課長が警察官に暴言を吐き、暴れていた。 「うるせー俺は関係ない。アイツが勝手に」 「話はあっちで聞こう」 課長が興奮して怒鳴っているのに対して警察官は手慣れた感じで軽くいなしながら連れて行った。 声をかけることもできずその後ろ姿を見送ってから課長が暴れていたあたりに行くと警察官が事情を聞いていた。 聞き耳を立てていると勝手にシートに上がり込んだと思うとビールを飲み出し、注意をしたら暴れ出したのだそうだ。 どういうことだろう? いったん、みんなの所に戻って今見てきたことを話すと課長を除いたメンバーで楽しむことにした。 「月曜日になんか文句を言ったら適当に待ってたんですとか心配してましたとか言えばいいだろ」 などと、いつも課長から嫌みを言われている男性がおちゃらけながら言うとあらためて乾杯をした。 その時に紹介された今年の場所取りをした新人は先ほど見た子とは違っていた。 さっき会った子は誰だったんだろう? 色々と疑問はあるが根本付近に咲いていた淡いピンクを見つめた。
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