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『あ……シンラ君、こっちこっち!』
訳が分からず途方に暮れて立ち尽くす俺を、お向かいのおばさんが彼女宅に招き入れてくれた。
おばさんは神妙な顔で色々なことを俺に伝えてくれた。
俺が前に里帰りした翌年に、父さんは亡くなったのだそうだ。 なんでも、村で台風の時期に大雨が降った後、二次被害が起こらないように有志で確認して回っている時だったそうだ。 崖からの大規模の落石、土砂災害にいち早く気がついた父さんの注意喚起の叫びで作業員は皆無事だったそうだけど、父さんは土砂に埋もれてしまったらしい。 懸命の救助活動も虚しく、父さんは帰らぬ人となってしまった。
だけど、問題はあの人だ。 なんでも父さんの保険金を受け取るだけ受け取ってから、村をそそくさと出ていったそうなのだ。 しかも、おばさんいわくおばさんの見知らぬ男の人と一緒に。
『シンラ君が今まで送ってた手紙ね、とりあえずは私が預かってたの。 返すわね』
おばさんは、二つの紙袋にいっぱい詰まった手紙を俺に渡してきた。 俺が今まで両親に宛てて出してきた手紙だ。
封が切られているのはかなり昔の分で、最近出したものは読まれてさえいない。 俺の自宅に届く郵便物は、おばさん宅に届くようにあの人は設定し、おばさんにも了承を得ていたとかで……つまり、既にあの人の手にすら渡っていなかったのだ。
手紙が返される……それは、俺の思い出が踏み躙られることと同義だ。 昔に俺が書いた手紙も、最近に俺が書いた手紙も。 ……俺に、突き返されたのだ。
父さんの訃報を聞いても必死で涙を堪えたのに、手紙が返された途端に俺の涙腺が崩壊した。 おばさんが悪い訳でもない、俺が泣くことでおばさんを困らせてしまうことは分かっているのに、泣き止むことが出来なかった。
号泣している俺に、おばさんはなんだかんだと慰めて色々話してくれていたけど、頭に残っていない。
ただ、あの人が村を出る時に。 『もしもあの子がここに寄ることがあったらこれを渡して欲しい』と預かっていたものがある、と俺にそれを押し付けてきた。
しばらく泣いた後、無理にでも俺は一度泣き止んだ。 おばさんをこれ以上困らせたくなかったからだ。 今まであの人からの預かり物を保管してくれていたおばさんに礼を言って、家を出た。
そのまま振り返らずにずっと歩いて歩いて歩き続け、村を出てから。 ようやく握りしめていたその手を怖々開ける。 握っていた感触でこれがなんであるのかは分かっていた。
目に飛び込んできたのは、幼い日に俺自身が書いた俺の名前、その日の日付け―――父さんがずっと持っていたはずの約束のメダルだった。
下手な字だった。 何も知らなかった。 自分のことだけ考えていられた……あの頃は。
おばさん宅を出る際、彼女は『お母さんからの伝言、ちゃんと伝えとくからね』とくどいくらいに何度もその言葉を繰り返してくれた。
『体に気をつけて、皆から愛される立派な戦師になってください』、と。
メダルを見ていると、実際にあの人がそう言っているように感じられた。 それが堪らなく嫌だった。 あの人、あの人は―――間違いなく俺を捨てた、裏切ったのだから。 俺の手紙を返却し、それらを手元に置いておくことすら拒否したのだから……!
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