理解と涙と

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そんなシン兄の言葉に一呼吸置いてから、モモ姉が感情をぶちまけた。 「羨ましいに決まってるじゃない。 えぇ私は! お父さんだってお母さんだって、なんにも覚えていないんだから! どんな人なのか、どんな顔なのか、どんな声をしてるのかだって、なにも……!」 傍で聞いている俺のほうがダメージが大きい。 なにやってんだ二人とも、罵りあったって仕方ないのに……! モモ姉は、シン兄があんな言葉を出してきたのに堪えてないのだろうか。 まさか全肯定した上で言い返してくるなんて思わなかった。 シン兄が顔を顰めた。すぐに言葉を返さないのは、なんと言うべきなのかに困っているように思えた。 俺はここで飛び出していって止めるべきなのかを考える。 お互いに傷つけあってなんになるんだ……それでも若輩者の俺が、歳上のシン兄やモモ姉に『二人とも落ち着いて』などと言うのも違う気もする。 下手すればヒートアップさせてしまうかもしれない。 いや、二人に情けない思いをさせてしまうかもしれない……それはそれで嫌だ。 そうやって躊躇っているうちに、シン兄が口を開いた。 「……まぁ、お前と俺と。 どっちがマシか、なんて……俺にはその判断はしかねるけどな」 そう言ってから、モモ姉に凄い目を向けた。 それは眼光するどい獣の目……なんかじゃない。 「信じてた人は、もういねえんだよ。 分かるか。 ……塗り替えられたんだ。 そうせざるを得なかったんだ。 その気持ち……お前に、分かるのか?!」 些細なことにさえ怯えるような、恐れているような。 それこそ小動物を彷彿させる、そんな表情(かお)だった。 弟分の俺からみても、口では強がっているけど虚勢を張っているんだということははっきり分かった。 モモ姉、どう出る? 俺は固唾を呑んで場を見守ることを選択した。 今飛び出していくのは、やはり野暮だ。 それなのに、あぁ、それなのに。 この姉貴分ときたら。 「そうやって……訳わかんないことばっかり言う……!」 まさかの更に上乗せ、ドンときた! 嘘でしょう?! 「どうして分かってあげようとしないの? 本当は分かってんじゃないの? ……シンラ、お母さんのこと好きだったんでしょ? 昔も今も大切なお母さんなんでしょ……違うの?!」 「……うるせぇ、よ」 「ほら! 今だって否定はしないじゃない! つまりそういうことなんじゃない!」 「やめろってんだ! 人の揚げ足ばっかとってんじゃねえ!」 「やめない!」 いやもう本当、覗き見してる俺は関係ないはずなんだけど、なんだかなんとも相当に居た堪れない……!
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