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出発の前に父さんが、俺に二枚の記念メダルを見せてきた。 一枚は父さんとあの人の結婚の挙式の記念で作ったという思い出のメダルで。 もう一枚はこの集落の村長さんから渡されていたらしい父さんの思い出のメダルだ。
『シンラ、これにさ。 名前と今日の日にちを書いてくれ。 それでお互いに交換するんだ。 ……ほら』
父さんは結婚記念メダルに父さんの名前である『ソウ』と日にちを油性ペンで書き込んで渡してくれた。 父さんがあの人との結婚記念のメダルを常々大事にしていたことはよく知っていたので、それを父さんの代わりとして俺に預けてくれたのが嬉しかった。
渡されたメダルに俺も名前と日にちを書き込んで、父さんに渡した。
『……いつか。 きっとお前に追いつくからな。 俺は力は強くはないけど、人を引っ張っていくことに関してはそれなりに自信がある。 きっと、ウェスター城でもしっかり仕事が出来る男になってみせるから』
父さんに渡した俺が名前を書いたメダルは、昔にこの村で一番年配の長老みたいなお爺さんから感謝を込めて贈られたものだそうだ。 父さんは、俺とは違うやり方でウェスター城を目指そうと決意してくれた。
王様は、武力だけで世界は動いてる訳じゃない、と。 大事なのは常に向上していこうとするその心意気だ、と父さんににこやかに声をかけてくださった。
俺は、そんな父さんが誇らしかった。 とてもとても、言葉で上手く表現出来ないくらいに。
そうやって俺は城に赴き、視野を広げ、己を磨き、鍛錬に明け暮れ―――時なんてものはあっという間に過ぎ去っていった。 毎日が輝いていて、楽しくて仕方なかった。
……父さんは俺に追いつくという夢を叶えようと、人のために身を粉にして働いて物凄く多忙な日々をおくっていることを、あの人はよくしたためてくれていた。 早い時は週に一回、遅くても月に一回は必ずあの人からの手紙は届いた。 俺も喜んで返信していた。 楽しくやっていること、勉強に修行に励んでいること、王様に褒められたこと……沢山沢山綴った。
ウェスターの民の間では有名な話なのだが、王妃様……ダイの母親は城に居なかった。 王様に伺っても上手いこと話をそらされてしまう。 ダイは母親というものを知らなかった。 だから、あの人を勝手に母親像として理想を重ねてみていたようだ。
『あのプリンすっげーうまかったよな。 シンラ、まいにちあんなうまいもんくってたのかよ』
『シンラのかあちゃん、すっげーやさしそうだもんなー。 ギュッてされたらぜってーやわらかいんだろ? あぁあもうぜってーいいにおいするんだろーなぁ、いいなー!』
ダイは夢見がちすぎる気もするが、悪い気はしていなかった。 俺にとって二人の存在とは心の支えであり、誰にでも誇れる自慢の両親だったから……今となっては悲しいほどに。
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