クールなメイドはご主人様を[暗殺]したい

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クールなメイドはご主人様を[暗殺]したい

 リビングに掃除機をかけていると、ソファの隙間に何かが埋まっているのを発見した。  堀りあげてみると、それはテレビのリモコンだった。  (いずみ)はため息を吐く。 「変なところに物を放置して。本当にだらしないですね、あの人」  リモコンに異常がないか、電源ボタンを押して確認する。たまたまやっていた番組は、出演者が高校生のころを語る内容だった。  泉はまつ毛を伏せる。   ▲  ▲  ▲  ▲  ▲ 「――泉って、変じゃない?」  放課後。泉が教室のドアを開けようとしたら、聞こえてきた声だった。声の主が一緒のグループの女子だと言うことに、泉はすぐに気づいた。  泉が聞いてることにも気づかず、女子たちは会話を続ける。 「分かる。あの子、笑ってあげてます、って感じで笑うよね」 「周りにあわせられる自分えらーい、って感じするよね」  泉は白けた目をドアに向ける。 「あんたらがすぐ、ノリ悪いって言うからです」  しょーもない。そう呟き、ドアから離れた。自分の陰口を言う人にまで気を遣うのは億劫だ。でも文句を言うつもりはない。  アルバイトまでは時間がある。泉は少し遠回りをすることにした。 「あのコンビニ、くじありますかね」  泉はアニメの主題歌を鼻歌で歌う。すると、どこからかチラシが飛んできて、彼女の顔に当たった。チラシというより、プリント用紙の落書きみたいだった。  泉は紙の文字を読みあげる。 「メイド募集。メイドってアニメでよく見る?」  どこからこんな紙が来たのか。泉は辺りを見回す。  すると、表札に「矢島(やじま)」と書かれた家の玄関が勢いよく開いた。  ガッチリとした身体つきの男が現れた。社会人か。大学生かもしれない。少なくとも、泉よりやや年上。  その男は目をぱっと見開き、泉に駆けよった。 「オメー、メイドに応募するんだな!」 「あ、いや」  どうやらここが、メイド募集中の家らしい。男が高価な腕時計をしているのは、金持ちだからだろうか。矢島という男は、困惑する泉を差し置いて話を進める。 「安心しろ。面接なんてカテーことしねーから」 「あたしは」 「でも料理のレベルは見てーな。よし、今から一品作ってもらうか!」 「ちょ……ひゃああっ?」  泉は肩を掴まれ、家の中に連れられた。  急展開に慌てていると、いつの間にか簡易的なエプロンをさせられた。 「つーわけで、オムライスを作ってもらうぜ」 「展開について行けてないです」 「オムライスってのは、焼いた卵をチキンライスとかに乗せる料理で」 「それは分かってます」  泉は隙を見て逃げだそうと考えた。しかし、男は絶妙に邪魔な位置に立ち、泉をジッと見ている。泉はヘラヘラ笑いながら考えた。  不採用になればいい。  卵はわざと少し焦がした。ケチャップは必要以上にかけた。調味料は入れたがほとんど混ぜなかった。  そして出来の悪いオムライスが完成した。上手に失敗できた、と泉は安堵した。  男はハッキリ告げる。 「失敗だな!」 「不採用ですよね」 「練習すればいいだけだ」 「えっ」 「オメー、見込みあるぜ。肉がスゲーうまそうだ」  泉は頬をひきつらせた。  口に入れる場合を想定し、鶏肉は均一に切り、きちんと火を通したのだ。その配慮があだとなったようだ。 「じゃー次は何の料理を作ってもらおうか……」  男が何故か次の提案をしてきたので、泉は困惑した。 「あ、あの」 「ん?」 「あたし、バイトの時間がありまして」 「マジか。送ってやる」 「申し訳ないので遠慮します」 「オレは平気だから行こーぜ!」  遠慮するってのは、来んなボケって意味だろ!  そう叫びたくなったが、泉は文句を喉の奥に押しこんだ。  そして、隙をついて彼の家から逃げだした。  バイト先の飲食店に着いたのは仕事開始の5分前だった。急いで着替えを済ませた泉に、店長が近づいてきた。店長は50代くらいの男性だ。 「泉ちゃん、今日入ってたっけ?」  だから急いできたんだよ。  っていうか、気安く下の名前で呼ぶな。  それらの言葉を心の中に押しもどし、泉は無理矢理笑った。  早くお知らせノートに目を通し、出勤前の声出し訓練をしなければならない。雑談の時間などもったいない。しかし店長は今日に限って話しかけてくる。 「いつもより遅かったね。もしかして放課後デート?」 「あたしなんかを好きになる人はいませんって」 「またまた。女子高生なんてそういう時期でしょ。泉ちゃんの彼氏どんな人?」  話しかけんな! と泉は心中で叫ぶ。  表面上は笑って流そうとするが、店長は泉の肩をつつく。 「何です、店長」 「店の前に来てるのって、泉ちゃんの彼氏?」 「何の話……。うわ!」  そこには先ほどの男がいた。メイド募集を掲げていた、矢島宅にいた男。  矢島は泉を見つけるなり、手を振って大声を出した。 「おーい、泉! 来たぜ!」  泉は呆気に取られた。 「何のつもりです……」  店長はニヤニヤと笑う。 「泉ちゃん、デートしたいなら帰っていいよ」 「でもシフトが」 「調整ミスって出勤人数が多くなっちゃってるんだ。だから、ほら!」  そう言って店長は手をあわせてきた。たしかに今日は人が多い。次は優遇するから、なんて言うけれど、泉ばかりが都合よく使われている。他のスタッフに強く言えない分、泉はゴリ押されやすい。  店を出る寸前、アルバイト同士の会話が聞こえた。 「あの子、いないほうが楽だよね」 「地味に暗いオーラ撒いてるもんね」  泉は文句を言わない。はいはい、またそれね、と思っただけだ。  泉は帰る前に、従業員用のトイレに行く。鏡を見て、笑ってみせる。  泉の笑顔はぎこちない。前からこうだ。みんなから言われる。  泉の笑顔って、変だよね――。 「分からんです。笑い方なんて」  鏡の下にあったバケツを、靴の先で小突く。  泉はドアの陰から外を見る。矢島は、笑顔で泉を待っている。 「……きも」  そう呟いて、泉はこっそりと従業員用の出口から脱出した。もちろん、矢島には告げないで。  矢島をまいた泉は、住宅街を歩いていく。 「この先のコンビニ、たしか辛い物コーナーが充実してたですね。そこで買ったカップラーメンがめちゃくちゃウマくて……」  コンビニから女子高生がふたり出てきた。一応、学校では泉と同じグループに該当する女子たちだ。彼女らは泉抜きで、楽しそうに買ったばかりのアイスの話をしている。 「中に風船みたいのが入ってんだけど、爪楊枝を刺して風船を割ると、中からアイスが出てくるの」 「やば。楽しそう」 「出てくるアイスはイチゴ味なんだけど」 「赤いのが出てくるの? グローい!」  キャッキャッと笑う彼女たちを、泉は遠巻きに見ていた。  途中でひとりと目があった。しかし相手はさっと顔を逸らし、何もなかったように会話を続けた。  風が泉の髪を巻きあげる。髪、鬱陶しいな、とだけ思った。 「ここにいたか、泉!」  何故か矢島が泉に追いついた。泉は気づかない振りをしたが、矢島は構わず話しかけてくる。 「よく分かったな。オメーをこの店に連れてこようと思ったって!」  矢島はコンビニの隣の店を指さした。初めて気づいたが、そこはオムライス専門店だった。 「ウメーの食って研究すんのも大事だからな……デラックスオムライス、ふたつで!」  矢島は泉を連れて席に着き、勝手に泉の分も注文した。泉のお腹の具合などお構いなしに、特大サイズを頼んだ。  運ばれてきたオムライスを、矢島はウメー、ウメーと鳴き声のように連発していた。悪い味ではなかったが、泉はテーブルの脇のタバスコを見て、たっぷりかけたいと思った。でもせっかく作った店員に悪い。矢島のことは嫌いだが、それが理由で礼儀をはらわないのも忍びなく思えた。泉は喉を鳴らしつつ、タバスコを我慢した。  矢島はひたすら自慢話をしていた。自分の父親の会社が素晴らしいこと。それを継ぐにふさわしいポテンシャルを自分は持っているということ。自分が大学でどれほど好成績を収め、他者からも頼られているか。それらはあまりに飛躍しており、嘘だろうとすぐに分かった。能天気で羨ましい、と思った。 「こっちもスゲーウメーな!」  いつの間にか追加注文したスープを矢島は極上とばかりに飲んでみせる。声量が大きくて、店のPRどころか迷惑なのではと思った。  矢島は唐突に、思わずと言ったふうに言った。 「メシがうまいって幸せだな」 「……え?」 「オメー、全然食ってねーな。食わなきゃ笑顔になれねーぜ」 「あたしの笑顔、需要ないんで」 「安心しろ。ウメーもん食えば幸せになれっからよ」 「そうじゃなくて」 「オレがデザートもおごってやる! 店員、注文を……」  矢島はピカピカと笑顔を光らせる。矢島は上体を回し、厨房のほうを向いた。首がねじられ、筋が浮きあがっている。あれだけ首が太いなら、頸動脈も立派だろうと思った。  殺そう。  この男を。  どうしてそう考えたのか分からない。だが、死なないにしても、彼の首に走る血管は切ってみたいと思った。あの皮膚を破ったら、楽しい何かが出てくる気がした。風船を割ると出てくるアイスクリームのように  泉はテーブルに備えつけられたナイフを手に取った。  席を立ち、忍びよる。  ナイフがあと1センチに迫ったとき、矢島が唐突に振りかえった。  泉は手を引きそこね、刃先が彼の肩をかすめる。  彼の服に亀裂が走った。 「あ……」  まばたきを忘れ、ふたりは見つめあった。  泉はわざとらしく表情を解き、おべっか使いのように笑う。 「なーんて、冗談……」 「あのな、泉。刃物でふざけちゃいけねーんだ」  キリッとした顔で諭されて、泉の奥底で羞恥と怒りがうずいた。  矢島は妙に真面目な顔で、情報のない話を続ける。 「刃物持ってふざけちゃ駄目だ。だって、刃物はふざけるもんじゃねーから」  泉は肩を上下させ、媚びるような口調で言った。 「じゃあどうすりゃいいんですか」 「どうって」  矢島は椅子ごと後退した。泉の喉がヒク、と唸る。 「どうすりゃいいんですかっ……」  そう叫び、泉は床にしゃがみこんだ。身体全体を揺らしてしゃくり上げる。 「あれをしろ、これをしろ。みんな好き勝手、あたしの気持ちなんて知らないで。でもあたし自身、自分の気持ちが分からない。どうしたいかも分からない」 「い、泉」 「あんたはどうしたいんです。あたしに粘着する理由って何ですか」 「メイドを雇いたいから」 「あたしである必然性は?」  矢島は目を泳がせる。 「何か、放っておけなかったんだ」 「偽善者ですね」 「ちげーよ」 「自分より弱い人間を見つけて嬉しかった。オレ偉いだろ優しいだろって、自分の価値を誇示したかったんですね」 「じゃなくて」 「じゃあ何です」  矢島は頬を掻き、珍しく小さな声で言った。 「……お兄ちゃんになりたかった」 「は?」 「妹可愛いって言ってる奴がいてさ。楽しそうに世話焼いてて、羨ましいって思ってたんだ」 「大学のご学友ですか」 「や、高校ンときの友だち。……じゃなくて、あの、クラスメイト」  友だち、と言いかけて、わざわざクラスメイトと言いなおす。  コンプレックスをにじませた言い方に、泉は顔を上げた。 「……矢島さまって」 「ん?」 「悪い人ではない、って言われませんか」 「オレ誉められること言った?」 「そういう意味じゃないです」  スパッと言って、泉は自席に戻った。  ほとんど進んでいなかったオムライスを、泉はスプーンいっぱいにすくい、大口を開けて口に入れる。先ほどよりおいしく感じる。  タバスコをかけて食べてみる。強い刺激は、泉の細胞を活性化させた。 「あたし、あんたが思うより料理上手ですよ」 「マジ?」 「もう一度あたしのオムライス、食べますか? たぶん、矢島さまの舌を唸らせると思います」  泉は目を細め、挑戦的に微笑んでみせた。   ▲  ▲  ▲  ▲  ▲  泉を回想から引きもどしたのは、一本の電話だった。 「どうしました、勝太(しょうた)さま」 「泉に頼みたい用事があんだよ!」  ガハハ、と豪快な笑い声が聞こえる。音量に辟易した泉は思わずスマホを耳から離す。 「用事って何です」 「忘れた!」  泉はため息を吐いた。通話画面に表示されているのは「矢島勝太」という名前。3年経った今も、矢島は相変わらずの性格をしていた。  泉はふと、声のトーンを落とす。 「勝太さま。ずっと聞きたかったんですけど」 「何だ?」 「……今日の夕食、オムライスでもいいですか」 「オッシャー! オメーのオムライス、スゲーウメーもんな」  矢島は陽気に大笑いをする。ふた言三言交わした後に電話を終え、泉はソファに座りこむ。 「聞けないですね。あの日、刃物を向けたこと。どう思ってますか、なんて」  そのときの気持ちを吐露したら、彼はどんな顔をするだろうか。  上手く想像はできない。でも聞く機会はきっとない。  これは悩むだけで結論の出る話ではない。 「ひとまず今日は、最高のオムライスを作りましょうか」  泉はキッチンへ向かう。  春の午後の日差しが、彼女のメイド服の背中を静かに照らす。
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