焼き肉小屋

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焼き肉小屋

 最近、魔王が凄く頑張っていたようだった。  世界中を飛んで回っていた。  魔王が開発したのは、小型の魔力炉と、魔力コンデンサーだった。  ふははははは!これでもう!ユノ様について来いとか言われるまでもない!魔力炉とコンデンサーがあれば、魔法ポンコツなおさびし村の人々であっても、ボタン1つでどこにでも転移出来よう!  試験的に、拡張されたアカデミーの入口ロビーに作られた、転移ポートルームの扉を開けた。  へえ、これがコンデンサーなのか。  コンデンサーの仕組みって、前に言ってた魔力制御の人形が、中にいるってことでいいのかね?  見せてもらった基盤?っていうの?凄いな魔王いつもいつも。  コンデンサーのスイッチを押すと、炉の魔力がコンデンサーに流れ込んでいった。  一瞬で、俺は王都の大門前に転移していた。  あー。一瞬で中央国家に。  こりゃあ、飛行艇の時代、終わるな。  そんなことを思いながら、立哨中の兵隊の敬礼に右手を上げて応えた。  まだ、俺は王の相談役みたいな扱いを受けている。  それ以前に、王女を囲ってるって、訳の解らん次期王配(おうはい)になるのかな?  まあ、国王に義理の息子扱いされてるのは間違いないが。  お?騎馬兵が、王都のパトロールしてるが、儀礼じゃないよな?  兵士の顔は、とても張り詰めていた。  何か、あったのかな?そんなことを考えながら、俺は大門の奥に進んでいった。  よう来てくれた。婿殿――いや、英雄殿。  王様は気軽に言っていた。 「いや、それはよいのですが、何故ここに?」  俺の眼の前には、万古不易の血筋の頂点、グラム・エル・ウィンシュタット王陛下がいたのだが、 「うむ。今日の火は、よい感じであるな」 「いつでも焼けます。陛下」  義理の父親、ジークフリード・ルバリエさんが、コンロの炭の様子をチェックしつつ、ジロリと睨んできた。  要するに、正妻の父親と妾の父親が揃ってここにいて、妾の父親の方がはるかに偉い。というねじれた現象が起きている。 「そうかいけるか。ではジーク、まずはハラミといこう」  王宮の庭に、けったいな離れが建てられていた。 「あー。陛下の、炭火焼小屋ですか」 「うむ。元々は玉座の前にコンロを置いていたのだがな、何故かミラージュに叱られた」  何してんのこの父ちゃんは。  それで、グラディエール男爵とか、俺の義父ジークとかが知恵を出し合って、王宮の庭の隅っこに、こんな小屋を建てたらしい。  とりあえず、排煙性能はいい。この小屋。 「どう思うのだ?このところ、おじさんの多くがこの小屋を利用しておる。ダブリン伯爵とシトレ侯爵のボトルも置いてあるほどだ」  うん。ちょっと丸くなった義理の父親達を見ていた。 「コレステロールとか、お気をつけください。陛下」 「おお。それも、ミラージュに言われたのだ。食肉文化の何が悪いのだ?と」  脂っこいものばっかり食えば、いずれ死にますけど。 「まあよい。今日はたんと食されよ。婿殿」  テーブルに、発泡酒が置かれていた。  ハラミもタンも美味いよ?ホルモンなんか素晴らしいとは思う。  父親世代は、あんまりホルモンとかシマチョウとかをがっつくことはなかった。  いや、俺はカルビなんかも食うよ?若いから。  ところで、肉の部位の名前?300年前に魔王がね。 「さて、酔も回る前に、婿殿に言っておこう。ミラージュから聞いておる。逆さに吊るされたらしいではないか」  あああいつ、父ちゃんに告げ口かよ。 「まあ、こういう席ですし、肉焼きながら仰々しい会話してもしょうがないから言いますよ?家庭の事情に口出さんでください」  うお?ジークが俺を殺すかもってのは、想定してなかったな。 「まあよい。今やミラージュも婿殿の嫁である。おじいちゃんになれれば、全て忘れよう」  まあ、偽装妾なんですが。 「ならば貴様、昨今、陛下の御稜威たる、この王都に、不埒者が闊歩していることは、知っているのだろうな?」 「へ?何か、兵隊がパトロールしてたような」 「問題は、犠牲者の数だ。既に、女性ばかりが4人殺されている。私は勿論、陛下も憂いておられる。理由は、お前にも無関係という訳でない」 「うむ、婿殿。殺められたのは――カッパーか、それ以下の者達であった」  現場の写真だ。捜査室から借りてきた。  ジークが言い、渡された写真を見て、血が総毛立った。 「――ユリアス――か?」 「Uは帰還せり。それが物語る答えは、1つしかない」  ユリアス・ブレイバル。かつて、俺が暗殺した後輩でもあり、恐ろしい連続殺人鬼でもあった。 「でも、ジーク。これは、ユリアスじゃないと思う」  確かに、ユリアスは女を好んで殺していた。  でも、これはユリアスの手口じゃない。  そう思う理由は2つあった。  1つは、低ランクの女を狙うという手口だが、ユリアスの奴にはそれは当て嵌らなかった。  寧ろ、近付いてきていたプラチナや、シルバーの女性の方が多かったと記憶している。  何故ならあいつは、本質的に恋愛観がねじ曲がった、ネクロフィリアであったと記憶している。 「つまらない虚仮威しです。言ってはあれですが、ただの猟奇殺人者と、ユリアスは違います。あいつはあいつで、倒錯しきっていましたのでね?」  おっと危ない。義理の父親に、俺が暗殺に強い適性があることがバレると、色々不味い。  現に、俺が前、アーンスランド・エリュシダール公爵を、暗殺したことをジークは知らないはずだった。 言ってないよね?陛下。これ、内緒にしてくれる?って、言いましたよね? 「相も変わらぬ洞察力だ。見よジーク。これが、我等の婿殿である。であれば、可能であろうな?」  へ?何が? 「非公式ながら、陛下直々のご指名だ。犯人を捜せ」 「うむ。頼むぞ?これ以上、この小屋が閑散とするのはな。おお、箸を落としてしまった。よい」  慌てて拾おうとしたジークを制して、陛下は。  俺も、拾おうとして、低いところで顔が交差した。 「生死は問わぬ。暗殺者先生」  あー。この狸め。 「ああ、ところで、お前には、一定の自由を与えねばなるまいな?時に、今年も大会の季節がやって来た。ジーク、抜かりなく、出場は可能か?」 「は!陛下。貴様、M-1を知っているな?」 「まあ、名前くらいですが」  M-1。魔法剣士優勝決定戦。かつて、ユリアスが殿堂入りした大会だった。  出場資格はシルバー以上。要するに、ブロンズの俺は出場資格を持っていなかった。  夏休み前までは。 「あー。するってえと、つまり?」 「うむ。犯人は、出場資格者である可能性が高いのだ。頼むぞ?婿殿」  えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?!出るの?!俺が?!  何となく、王様に依頼されてしまっていた。
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