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カフェで買った桜あんぱんを仏前にお供えした。
味もさることながら、桜の花の塩漬けがSNSで映えそうな見た目をしているのもイイ!のだ。
「うまいやん」
「え」
いつのまにか仏前の座布団に草吉が座り、桜あんぱんを食べていた。
「えええええ―――」
嘘でしょ、また出てきたの、という言葉を飲み込んだ。
「そうでしょ、この桜あんぱんはこの季節限定のパンなのよ」
「けど、これやないな。わしの食べたいのは、これやないねん」
「えっ、じゃあMベーカリーの桜あんぱんかな、それともT食品の……」
「ちゃうちゃう、桜あんぱんとは違うんや」
「えーー、だったら、草ちゃんは何が食べたいの?」
「それがわからんから困ってんねん」
「自分でもわからないんだ」
「そやねん……、あ、雨や」
「ほんとだ、花散らしの雨だわ。そろそろこの季節も終わるのね」
リビングの窓を開けると、静かに雨の雫が桜を濡らしていた。
「草ちゃん……?」
桜から視線を戻すと、草吉はもういなくなっていた。
「早っ……。そっか、おやつをお供えすると草ちゃんが現れ、食べ終わると消えるんだ」
それにしても、草吉が食べたいというおやつって一体何なんだろう。
それを探し当てたい気持ちと、探し出したら草吉がもう現われないのではないか、という気持ちで混乱した。
ベランダに出ると、雨は止んでいたが、桜の花びらがアスファルトの床に幾重にもべったりと貼りついていた。
雲の合間に上弦の月が垣間見えた。
「雨、止んだんだ」
早く草吉の食べたいおやつを食べさせてあげて、あの空に返してあげたい。
その日が乙女が本当の意味で草吉と訣別する日だ。乙女はそっと月に誓った。
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