花びらの嵐

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 春先の小寒さと適度な緊張からか、目覚ましより早く起きた。 キッチンへ降りるとグレーのネクタイにグレーのスーツ姿の父が、新聞片手にお茶をすすっている。 父のテーマは昭和のサラリーマンだ。 白のシャツがもしグレーだったら コンセプトは「コンクリートな装い」だ。 でも、オールグレーだったらむしろお洒落だったりして?  父は「入学式、お父さんも行きたかったよ。 いよいよ高校生だけど、志望校に合格したからと言って高校が終着点ではないんだから。また3年間、大学受験に向けて頑張るんだ。」 と、 入学早々、担任の挨拶かのように説教じみた、且つ無機質な感じで一気に私に話してきた。  「高校は終着点ではない」 それには私も同感だ。 でも、私の志望した高校だった訳ではない。 と言うか、志望する高校も特になかった。 「父親が切望していた進学校へ、 死ぬほど頑張って受かった【親高校】だ」 と言いたい気持ちと、 「終着点は大学?」と質問したい気持ちを抑え、 テンション低めで「はーい」と答えておいた。 ドリップコーヒーにそそぐ湯気と、 一滴一滴落ちるのを眺めている母親。 ツイードのジャケットに玉虫色のような 派手なのか地味なのか分からないコサージュを付けていた。 ハイブランドの時計を腕につけながら、淹れたての熱いコーヒーをすすった。 いわゆる誰でも知ってる腕時計だ。 「バッグはどっちがいいと思う?」と私に聞いてきた。 これもまたハイブランドのバッグが2つ。 どちらのバッグにも興味のない私だが、 エンブレムのようなブランドロゴが主張強めなバッグは避けて欲しかったので、 そうじゃない方を指し「こっちがいいんじゃない?」と勧めた。 母は素直にそのバッグに決めた。 今日の母のテーマは娘の入学式。 コンセプトは「コンサバの安心感」だ。  そして私は、新しい制服を身につける。 白のシャツに赤のリボン。 紺のジャケットにチェックのプリーツスカート。 王道JKの完成だ。 私がもしデザイナーだったら、 ジャケット・リボン・プリーツスカート この3点セットにはしないな。 どこもかしこもよく似たデザインばかりで、どの高校なのか区別もつきずらい。 ただ、仕立ての良さは私の心と身を引きしめてくれた。 暖かくなってきた午前10時。 母と2人で最寄り駅まで歩き、これから3年間乗るであろう電車に乗った。 車窓からは水田に映る緑の木々、花見の風景もあちらこちらで見える。 日本の春を堪能させる風景だ。  高校の最寄り駅に到着した。 私と同じ新しいジャケットを着た新入生とその親がゾロゾロと高校へ向かって歩いて行く。 向かって左側に咲き誇る桜並木。 そこを通り切った先が学校だ。  私と母は立ち止まり、 桜と隙間からのぞく真っ青な空を眺めた。 「2人でお花見だね。」とても楽しそうな母。 「桜って本当に綺麗だね。」 母は笑顔で私を見て言った。 同感だ。 桜より美しい花は無いのではないかと思う。 ゴージャスに咲き誇るのに、繊細でとても儚い。 そして物悲しくもある。 毎年満開の桜を見るたびウルっとくる。 何故なのか自分でも分からない。 とても不思議な花だ。  そんな思いを胸に秘めつつ、母と花見をしていると… 突然強い風が吹き初め、沢山の桜が舞い散り出した。 あんなに晴天だったのに、 チャコールグレーのような鬱々たる色に変わり、 そして今にも大粒の雨が降り出しそうな空に変わった。 この不気味な雰囲気に、誰も気づかないのか? 学校へ向かって歩く親子たちも、私の母親も立ち止まりもしない。 何も見えてないかのように、背を向けてどんどん歩いて行く。 私だけ身動きが取れず立ちすくんでいる。 ザワザワヒューヒューと春の嵐のような不気味な音を立て、 桜の花びらの塊は大きなスクリューとなり、私の方へ向かってくる。 どんどん舞い散るのに葉桜にはならず、次から次へと桜が咲き誇る。 向かってきたスクリュー状の花びらの大群は、私の制服を覆うように張り付いてきた。 肩にも鎖骨にもウエストにも。 そしてプリーツスカートの上には、何百枚何千枚の桜の花びらが重なっていく。 花びらで埋もれそうになるスクールバッグから慌ててハンドミラーを出し、自分の姿を写した。 何なのこれ! 何が起きているのか全く理解できず、 何度も瞬きをしてみたが、 私は沢山の花びらで出来たウエディングドレスを着ているのだ。 薄ピンクから濃いピンク、ビビットなピンク、紫がかったピンク… 4色に変化した桜の花びらが、 階段状に重なり美しいグラデーションを創り出している。 頭を見ると、花びらで出来たティアラが乗っている。  小さい頃からドレスに憧れ、 数え切れない程のドレスの絵を描き、 上手に描いたドレスの絵を見て、 父はいつも誉めてくれた。 父に褒められるのが嬉しかった。 そんな遠い記憶が蘇り、涙が溢れて来た。 私はウェディングドレスのデザイナーになりたかったんだ。  呆然としている私の前に、見知らぬ2人。 1人は若い女性。 もう1人は恐らく30代であろう男性が現れた。 女性は若く見えるが制服は着ていなかった。 その女性は  「京ちゃん!一緒に東京で勝ち組になろ♪」 と冗談めかしたような口調と 屈託のない笑顔で私に話しかけてきた。 私の名前を知っている。 しかもあだ名で呼んできた事への驚きも束の間… もう1人の男性は 「私は高田さんが終着点だと思う場所で待ってます。」と私の姓字を呼び話し掛けてきた。 思わず「私の終着点はどこなんですか?」と聞くとそれには答えず 「しばらく先で待ってます。」 と言った途端、2人は消えた。 それと同時に不気味だった空が、また真っ青な空に戻り、何事も無かったかのように満開の桜並木が佇んでいた。  「京花、あんた桜に感動してるの?」 母はクスッと笑い、ハンカチを取り出し私の潤んだ涙を拭いてくれた。 「この高校へ入学したら選択肢が沢山増えるはず。だからお父さんは勧めたのよ。 夢探しをしながら高校生活を楽みなさい。」 母は優しくエールをくれた。 母からのエールと、さっきの見知らぬ2人からのメッセージで、 まだ見ぬ未知への不安は晴れやかな気持ちに変わり、桜並木を後にした。  もうすぐ入学式が始まる。 凛とした空気で張り詰めた体育館。 さっきのあれは夢だったのか? ずっとあの不思議な嵐の出来事が頭から離れず、校長の挨拶、祝辞も上の空で聞いていた。 そして長かった式も終了し、教室へと向かった。  席に着くと、私と同じ中学校だった顔見知りの子が2人いるが、 あとはほぼ知らない子達ばかりだった。 皆の背中から緊張感が滲み出ていた。 斜め前の女の子だけが、キョロキョロと左右や後ろを落ち着きなく見回していた。 まるでお母さんを探す小学新1年生かのように。  彼女と私は目が合った。 彼女は「え?えええ?」と、大きめな声で 目も見開いていた。 私も「え??」と真似たように発した。 さっき嵐の中にいた女性とあまりにもよく似ているからだ。 さっきの女性は少し落ち着いた雰囲気だったが、この彼女の陽キャな感じもよく似ていた。 彼女はこう言った。 「私、糸って言うの。さっき私と会った人…だよね? 」 彼女はやっぱりさっきの女性なんだ!と、 私も即座に理解した。 「糸ちゃん、私は京花って言うの。 京ちゃんって呼んでね。」 と、私も自己紹介をした。 彼女のスクールバッグの側面には、 濡れた桜の花びらが何枚も張り付いていた。 それを目にして、 私はずっとこの先も彼女と良きパートナーでいられるのだと、瞬時に悟った。  さて…あの男性は誰だったんだろう? もう少し先で会える人なのか。 私の未来で出会う中の1人なのだろう。  高校は終着点でなく、通過点だ。 出逢いも幸せも用意されてはいない。 未来にさっきの男性とも会えるかどうかも分からない。 選択肢と言う舵は私が握っている。 この通過点をどう進むかで未来で出会う人たちも変わるのだ。  教室の窓から小さく見える桜並木。 あの花びらの嵐は決して忘れない。  あと2回見られるであろう4月の桜並木。 いつか東京で母と2人で花見しながら、 今度は嬉し涙を母に拭いてもらおうと思う。
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