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もうすぐ桜が見ごろになる。満開ではなく、お七は七分咲きくらいがちょうどよいと思い、好んでいた。尚三郎を誘いたいと思うが、あの日以来、尚三郎はお清と一緒にいることが多かった。
あのとき棘を取ってやれば、尚三郎の隣に立っていたのが自分だったかもしれないのに……そう思うと情けなくなって思わず目を閉じた。
「ねぇ、尚三郎さん、お花見に行かない?」
お七に見せつけるように、尚三郎に絡みつきながら尋ねるお清。
「そうだね。お花見だからみんなで行くと賑やかでいいかもしれないね。お七ちゃんも一緒にどう?」
近くにいたお七を迷いなく誘う尚三郎は、間違いなく善人といえよう。しかし、お清の顔を見てお七は断らざるをえなかった。
お清の顔はこう言っていた。あなたはお邪魔虫よ、断ってくれるわよね?と。
「尚三郎さん、ありがとう。でも邪魔はしたくないから、二人で楽しんできて」
「そうかい?」
お清は満足そうに微笑んでいたが、そう答えなければ何をされていたかわかったものではない。お清は素朴な見た目とは違ってずる賢い娘だった。素朴な中にもかわいさがあり、それを上手く利用する。
いくら気の強いお七でも頭がいいわけではないので、言い争っても何をしても、あっさり何事もなかったように負けてしまう。大人しくしているのが一番だった。
だからといって簡単に尚三郎を諦らめられるわけでもない。どうにかして尚三郎と二人きりになれないだろうか。そんなふうにずっと考えてはいたが、無常にも時は過ぎてゆくばかりだった。
ついにお七の新居が完成して、家族とともに帰ることになった。寺に身を寄せていたものたちの中では、帰宅が比較的早い方だった。
「お七ちゃん、元気でね」
「尚三郎さんも。また遊んでちょうだいね」
最後の会話はそれくらいなもので、もう尚三郎さんの、お七ちゃん、は聞けなくなる。それなのにお清は、これからもお清ちゃんと呼ばれ続けるのだ。
新居が完成しなければもっと尚三郎と一緒に過ごせたのに、最後の最後まで一緒にここに残りたかったのに、そんなことばかり考えてしまう。
今も尚三郎は、お清と一緒にいるのだろう。仲良く並ぶ二人を思い浮かべて、悔しくて悔しくてしょうがなかった。
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