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電話はお母さんの会社の上司からだった。お母さんが仕事中に倒れたのだ。電車の中では私はずっと頭が真っ白で、とにかく降りる駅を間違えないようにするだけで精一杯だった。
けれども、駆け付けた病院で私はお母さんに会えなかった。緊急手術が行われ、面会謝絶だった。とりあえず、必要な手続きを病院で済ませる内に、私は途方もなく怖くなった。
――お母さん、大丈夫かな? このまま死んじゃうとかないよね? もしお母さんが死んでしまったら、どうなってしまうんだろう? 大学どころじゃない。私は? 拓哉は? どうやってこの先生きて行けばいいんだろう……?
津波のように心配と不安と恐怖が私の心に押し寄せる。なんとか手続きを終わらせると、私はまず田舎のお祖父ちゃんに電話した。お祖父ちゃんも驚いていたけど、明日の夕方までにはお祖母ちゃんと一緒に私の家に来ると言ってくれた。
「何も心配することない。お母さんは絶対大丈夫だから」
最後にお祖父ちゃんはそう元気づけてくれたけど、気休めでしかないことはわかっている。その証拠にお祖父ちゃんの声も震えていた。
次に私は拓哉のスマホに電話した。拓哉にも連絡が行ったかもしれないけど、知らない電話番号に出るとは思えない。もちろん、家電にも出るはずがない。
しばらくスマホを鳴らしてやっと拓哉は出た。
「姉ちゃん、何?」
拓哉はボソボソとした声で話す。心が死んでしまっているみたいな声。
「お母さんが会社で倒れた」
「マジ!?」
久しぶりに拓哉の声に感情が宿るのを感じる。激しい動揺が鼓膜に伝わって来るのを私は必死に受け止めた。
「今、病院。手術は終わったけど会えなかった。明日の夕方までにお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが来てくれるって」
「それでどうなの!? 助かるの!?」
「助かるから心配しなくて大丈夫」
「それ誰の言葉だよ!? 医者がそう言ったの?」
私は口ごもった。お祖父ちゃんの言葉だなんて言えない。先生は「手術は無事に終わりました」と言っていた。だから大丈夫なはずだ。でも……。
今にもダムが決壊しそうなくらい不安な気持ちがこぼれないように、必死になって声を冷静に保とうとする。
「とにかく拓哉は心配しなくていいから」
すると拓哉が激高した。怒鳴り声が鼓膜に突き刺さる。
「俺は心配することもできないのかよ!? 家族じゃん! ダメでも、お母さんの息子じゃん! 姉ちゃんまで俺をそういう扱いすんのかよ! ふざけんなっ!」
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