15人が本棚に入れています
本棚に追加
拓哉はなおも怒鳴っていたけど、私はスマホを切った。そして、病院のロビーの床にゆらゆらとしゃがみ込むと声を殺して泣いた。ロビーには大勢の人がいたけど、誰も声を掛けてくれなかった。怖くて、どうしたら良いかわからなくて、ただ小さな子供みたいに泣くことしか私にはできなかった。
そのまま泣きやむことができずにいると、看護師がやって来てミネラルウォターを渡された。大丈夫? と聞かれたけど、心配してくれているというよりも、迷惑そうな声だった。
一口だけ水を飲み、手の甲で涙を拭うと、私は看護師に深く一礼して病院を出た。駅のホームで里香の声が聞きたいと心の底から思ったけど、今は誰とも会話する気力が出ない。それなのに里香にこの悲しみを伝えたい。わかって欲しい。
……私ってなんてわがままなんだ。
まるで他人事のように疲弊した心にそんな思いがぼんやりと浮かぶ。
『お母さんが倒れた』
それだけアプリで里香にメッセージを送った。そうしてスマホの電源を切って、やって来た電車に乗る。
日常なんてあっけなく壊れてしまうことを私はよく知っているはずだった。お父さんのときがそうだったから。
でも今、再びその事実に私は打ちのめされ、疲れ果てている。自分が別人になってしまったかのような気がした。鏡を見たらきっとしわくちゃの老婆が映るに違いない。
途中、高校の最寄り駅で電車のドアが開いた。
――王子君がまだこの辺りにいるかもしれない。
ふとそんな考えが過ったけれども、私はただ余計悲しくなっただけだった。もう王子君に会う資格なんて自分にはない気がした。それでも、無意識の内に王子君の姿を開いたドアから探していた。一目で良いから王子君の姿が見たくて。
もちろん、そんな風に都合よく見つけることなんてできるはずがないのはわかっている。でも探すのを止められない。
必死になって目を凝らしていたそのとき、不意に思い出した。王子君は今日、体調が悪くて早退したのだ。
……いるわけがないんだ。
ドアが嘲笑うようにゆっくりと閉まって再び電車が動き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!