4人が本棚に入れています
本棚に追加
今夜も僕は、近所の自然公園に行く。おねーさん、いるといいな。公園の脇道にある『痴漢に注意!』の看板を通り過ぎて、腕がかゆかったのでガリガリ搔いたら少しぷくっとしてる。虫に刺されてるみたいだった。春先なのに、蚊ってもういるのかな。いや、ちがう。しばらく布団を洗ってないからダニかもしれない。
そんなことを考えてると、ヘタクソな歌声が聞こえた。僕は胸をドキドキさせて駆け出した。おねーさんだ。
おねーさんは今日も、ぼさぼさの髪にスウェットを着てベンチに座っていた。今日はエアギターはしていなかった。バラードの曲らしい。音痴すぎてお経に聞こえるが。
歌い終わったので、拍手をする。おねーさんは僕に気づく。
「なんだクソガキ。また来たのか」
「まあ、座んなよ」
横をトントンされて、僕はおねーさんの隣に腰掛けると
「お前、あんま警戒心ないけど大丈夫か?」
と心配された。
「怪しい大人には近づくんじゃねーぞ」
とちゃんとした大人みたいに忠告してくる。深夜の公園でリサイタルを開いている人が言う言葉じゃない。
「はい」
と答えると、
「ちゃんと分かってんのか?」
訝しそうな目で見てきた。
「じゃあ、アタシがお菓子あげるから家においでって言ったら?」
「ついていきません」
「ラーメン食べさせてあげるからついて来いって言ったら?」
「ついていきません……あ!」
おねーさんは、はぁーと大きなため息をつくと
「知らない大人には、ついていかないこと!」
ひとさし指をピンと立てて、真面目な顔で言った。
「じゃあ、知ってる大人ならいいんですか?」
目を丸くしたおねーさんと真っすぐに向き合い、切れた唇の端を、ぺろりと舐めると言葉をつづけた。
「おねーさんのこと、教えてください」
最初のコメントを投稿しよう!