天使の梯子

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天使の梯子

蒼志(あおし)の思い出せる最も古い記憶は9歳の夏で、そこは病院のベッドの上だった。それより前の記憶はすっぽりと抜け落ちていた。 なんでも夏休みに両親と海外旅行に行っていたらしい。旅行先の観光地で武装組織のテロに巻き込まれ両親を失ったそうだ。蒼志は何も憶えていない。旅行先で何があったのか以前に、今までどんな生活を送っていたのかも、両親の顔さえ思い出せない。 あまりにショックな出来事に直面すると人は心が壊れてしまわないように、それまでの記憶を心の奥底に閉じ込めてしまう事があるのだと医者が教えてくれた。 体の傷はすぐに治った。しかし心の方はそうもいかなかった。 心の治療を続ける合間にいろんな人がお見舞いに来てくれた。叔父、叔母、従兄弟姉妹(いとこ)、祖父母、学友、先生。まるで思い出せない。思い出せないと会いに来てくれた人達に申し訳ないような気がした。懸命に治療に励んだが一向によくならない。
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