キミノネ

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 ギャルだ。  スマートフォンの画面には大学生くらいのギャルが写っていた。何というか、マンガとかアニメで描かれそうな典型的なギャルって感じ。明るい髪を揺らしてカメラに向かってピースしている。  なんで彩萌は急に俺にギャルの写真を見せてきたんだろう。彩萌のことだから、何か意味はあるんだろうけど――と写真をじっと見て、ふと気づいた。 「彩萌って、妹とかいたっけ?」 「一人っ子です」  念のため確認したけど、記憶違いではなかったようだ。  それならば、どこか彩萌の面影のあるこのギャルの正体は。俺が気づいたことに気づいたのか、彩萌が自嘲気味に息を吐く。 「笑ってください。大学生になってすぐ、初めて好きになった人ができて。その人が明るい人がタイプだって聞いて、私はこうなりました」  笑うとか以前に、目の前の写真と彩萌の話についていくのでいっぱいいっぱいだった。  いや、そうでなくても笑う気になどならなかったはずだ。彩萌は若気の至りくらいに思ってる気配がしたけど、少なくともその時の彩萌は一生懸命だったはずで。 「その相手とは付き合えたのか?」 「告白さえできませんでした」  彩萌はスマホを引き寄せると、再び膝を抱えるようにして目を伏せる。 「見た目だけ変えても、すぐに中身がついてくるはずもなくて。もっと自分に自信が持てたら告白しようなんて思っているうちに、他の子と付き合っちゃいました」  でも、と彩萌が顔を上げる。 「信じてもらえないかもしれないですけど、一度慣れたら見た目相応の振る舞いはできるようになりました。だから、先輩が望むなら、私は明るい人間になります」  彩萌が俺を見る目は真剣だった。  もしここで、俺が頷いたら、彩萌はその真面目さをもって明日から人が変わったようになるのかもしれない。いつも硬い表情の彩萌が笑顔だったらと思ったことがないわけではない。けど。 「大学の時はそんなふうに髪染めたりしてて、いつから今みたいに戻したんだ。」 「就活の時に黒くして、そしたら何だか楽になって、それからずっとこのままです」  例え彩萌が明るく振る舞うことができるとしても、それは春に一瞬だけ咲き誇る桜のようなもので。決して長続きするものではないんだと思う。 「それならさ、やっぱり彩萌の根っこは今の状態なんだよ。それを変える必要なんてない」 「でも、働きやすい環境を作るのだって仕事の一つじゃないですか?」 「バーカ」  彩萌に向かって手を伸ばすと、彩萌はビクリと目を閉じた。  そんな彩萌の髪についてた桜の花びらをそっとつまむ。ふわりと吹いてきた春風に合わせて手を開くと、花弁はひらひらと風に乗って舞い上がっていった。 「働きやすい環境を整えるのは俺の仕事だ。彩萌は彩萌の過ごしやすいようにしてればいい。それにさ」  恐る恐るといった感じで目を開いた彩萌の額をパチンと指で軽くはじく。  額を抑えながら彩萌が投げかけてくる驚きと恨めしさ混ぜ合わせたような視線から逃げるように残っていたビールをグッと傾ける。 「一心行の大桜って知ってるか?」  彩萌は少し目を細めて首を横に振った。 「阿蘇の辺りの桜なんだけど、周りの桜から離れたところで咲く大きなヤマザクラでさ。一本だけ孤立してるように見えるけど、毎年綺麗に咲き誇るんだ」  大学の卒業旅行で見て、未だに印象に残っている大きな桜。彩萌は頷きながらも俺が何の話をしてるのかわかりかねているようだった。 「根回しの話なんてしといてなんだけど、別に周囲に合わせなきゃいけないわけじゃない。明るいことがいいことかって言うとそうとも限らないし、周囲と交わらないことが悪いことともいえないって、俺は思う」  この先を話していいのか少し悩んで、息を吸う。 「つまりさ、俺は彩萌の真面目なとこ、嫌いじゃねえよ」  大学時代に告白できなかったと聞いて、少しだけ安心した。もしそこで成功していたら、未だに彩萌はギャルのままだったかもしれなくて。  いや、違う。そうじゃなくて、俺が安心したのはつまり―― 「そうですか」  小さく頷く声にそっと様子を伺うと、彩萌は膝に顔をうずめるようにしてまっすぐ前を見ながらカクテルの入った缶をくぴくぴと飲み干していた。
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