キミノネ

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 黙って二人で残った酒と料理を片付けると、その後は二人して無言でただ桜を見上げていた。  そりゃ、彩萌のことは憎からず思っていたけど、それ以上のものを急に自覚してしまったせいか、何を話していいかわからなかった。  それに、彩萌はどうなんだろう。俺がいるのがわかってて場所取りに立候補したり、俺の為に性格を変えると言ってみせたり、悪く思われてはないんだろうけど。  時折隣の彩萌の様子を伺ってみるけど、彩萌は膝の間に顔をうずめるようにしたまま、池の水面に映る桜をじっと見つめている。その脇には空になったカクテルの缶が三本。飲めるかどうかの心配はいらなかったらしい。  結局、何も話しをできないまま、同僚からのメッセージがスマホに届いた。件のお偉い方々がそろそろここに到着するらしい。空き缶を保冷バックの中に押し込んで立ち上がると、少しだけくらりとした。 「……彩萌、行こう。もうすぐ来るって」  声をかけてみても彩萌は動こうとしない。 「彩萌?」  様子を伺うと、池を見る彩萌の目はとろんとしていた。外からわかりにくいだけでしっかり酔っていたようだ。やっぱりそんなにお酒に強くないのかも。  だけど、このままここにいるわけにもいかない。膝の前に回された彩萌の手を取ってぐっと引き上げる。ほとんど抵抗なく立ち上がった彩萌に靴を履かせて、ブルーシートを後にした。ふわふわした様子ではあるけど、彩萌はしっかりとついてきている。  予想とは全然違う場所取りになってしまった。週明け、いつものように彩萌と接することができるだろうか。そもそも酔っぱらった様子の彩萌は今日のことを覚えているのだろうか。  忘れてくれるなら、その方がいいのかもしれない。何というか、今日は花見の雰囲気とお酒に押されて不用意に近づいてしまった感じがする。 「えいっ」  不意に、そんな声と共に後ろにいた彩萌の腕がぎゅっと俺の体に回された。背中に彩萌の気配をしっかりと感じて心臓がドキリと跳ねる。 「あ、彩萌? 何して──」 「だって先輩、好きなんですよね」  くすぐるような彩萌の声が耳元でして、ドキリとドキドキが交互に騒がしく現れる。仄かにカクテルの甘い香りが漂ってきた。 「根回し、です」  いたずらっぽい彩萌の声。誰だよ、彩萌を雪の女なんて呼んだやつ。  どうして根回しが後ろから抱き着くという行動になるのかはわからないけど、すっかり酔っている彩萌に聞いても無駄だろう。  それに、どうして根回しを試してみようと思ったのかも気になるけど、今の彩萌に聞くのは卑怯な気がする。 「……ああ、好きだよ」  とにかく、このままの状態は色々とまずい。周囲の視線も気になるし、そもそも歩けない。身体の前に回された彩萌の腕をほどいて、普段と違う頼りない手を引いて歩く。 「ですよねー。先輩、好きなんですよねー」  ちらっと振り返ると、彩萌は桜の風の中をニコニコと歩いている。大学時代の彩萌はこんな感じだったのだろうか。何となく、その笑顔を他の誰かにも見せたくないと思ってしまったのは、俺は自分で思っている以上に独占欲が強いのかもしれない。 「はいはい。好きだ好きだ。だから、さっさと歩け」  こんなところを同僚にでも見られたら面倒くさいし、一度カフェかどこかで休憩させたかった。軽く彩萌の手を引くと、ギュッと握り返してきた彩萌がとととっと近づいてくる。 「私も好きですよ」  耳元で弾むような彩萌の声。 「根回しが?」 「そうですね。今日みたいな根回しなら、それも好きです」  ぎゅっぎゅっと楽しむ様につないだ手が握られる。 ──それも、ってなんだよ。  ああ、もう、決めた。  来年は仕事とか関係なく、花見に来る。そのための根回しでも何でもしよう。  しっかりと手を握り返しながら振り返って見ると、風に舞う桜の中で彩萌が柔らかく微笑んでいた。
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