1. クズ、焦る

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 もちろん、初恋の相手に未練なんてある訳ない。もし今再会したとしても、何とも思わないくらいには。だけど、言われたことを引きずって影響を受けて自分自身があいつみたいになってしまっているのは事実だ。  大概、関係持った相手には「セックス終わったら冷たい」とか「顔だけはいいのにね」とか言われる。そんなこと自分が1番分かってる。  まあ、どっちも自覚してやってる時点で余計にクズなんだろうな。 「こんばんは〜、柏山さん」 「こんばんは。いらっしゃいませ」 「今日も、とりあえずいつものカクテルください!」 「かしこまりました。いつものですね」 「覚えててくれたんですね〜嬉しい」 「もちろんです」  接客中はそんなこと感じさせないように振る舞う。爽やかな作り笑顔で、息を吐くように思ってもないことを言う。酒や料理を作るのは好きだからそれに関しては本音だけど、それ以外は全部作り物の話。 「私、今日柏山さんがいる日だから来ちゃいました」 「ありがとうございます」  最近来るようになったよく見る女性客に、カウンターで注文されたカクテルを差し出す。女性は長いネイルが施された指先をもじもじさせながらこちらを見上げる。 「あの…柏山さんって彼女とかいるんですか?」  来た、この質問。当たり前だが、普段言い寄られるのは男性ではなく女性の方が多い。俺がゲイだと知らない女性はこうして彼女の有無を聞いてくる。その目は獲物を狙う肉食動物のようだ。 一一一……この人、初めて店に来た時から薄々感じてたけど、やっぱり狙いに来てるな。俺を。  あまりしつこくされても迷惑だからハッキリ言ってやりたいけど…店の評判と売上を考えていつもと同じ大人の対応をしよう。 「ええ、いますよ」  優しくにっこり笑ってそう言うと、女性は目を大きくしながら「ああ…そうなんですかぁ〜」と苦笑いをした。隠そうとしてても、ガッカリしてるのが分かる。もちろん、彼女がいるなんてウソ。 「柏山さんカッコいいから、そりゃいますよね〜。いいなぁ。私も彼氏欲しいな〜なんて」 「お客様ほどお綺麗で素敵な女性なら、すぐにできますよ」 「えっもう…やめてくださいよお世辞は~」 「ははっ、お世辞じゃないですよ」  狙いをかわした後のアフターケアも完璧。これでこの人は俺に彼女がいると思っているし、言い寄ってくることはないだろう。褒められたことで、さっきは曇っていた表情もパッと明るくなった。  バーテンダーは夜の仕事。夜の世界は昼とは少し違って、人々の欲望が剥き出しになる気がする。色んな情事を目の当たりにしたり種類の違った人間とたくさん出会ってきた。  そんな世界にいるおかげで、男女の扱いと世渡りだけは上手くなっているようだ。
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