1. クズ、焦る

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「泊まっていかないの?」  行為が終わってすぐシャワーを浴びた俺に、宏紀はベッドの上から問いかけた。まだ裸のままでダルそうに寝転んでいる。 「泊まるって言ってももう朝だけど」 「んー、帰るわ。また夜仕事だから家帰って寝たいし」 「そっか。はー、俺休みでよかった。もう朝じゃん」 「夜中に押しかけたのが土日で感謝して」 「するわけねーだろ。こっちは睡眠妨害されてんだぞ」  ただ性欲を発散して帰る。宏紀もそれは分かっていると思う。逆に宏紀が俺の家に押しかけてくる時もあるし、こういうのはお互い様だから。 「でも気持ちよかったでしょ?」 「自分で言うな、バカ」 「はは、じゃあ帰るわ。またな」 「うん」  髪の毛はタオルで拭きっぱなしのまま、服を着て玄関を出た。扉を閉めようとしたら、ペタペタとこちらへ走ってくる足音が聞こえた。 「星詩」  振り返ると、宏紀が俺の首に巻き付いてきて触れるだけ、チュッと唇を重ねた。帰り際にこんなことしてくるの初めてで目を大きくしていると、宏紀はニヤッと微笑んでから「じゃあね」と言って扉を閉めた。 「…どうしたんだ、あいつ」 ____気分的なやつか?たまには恋人ノリなことしたい、みたいな。  “恋人はいらないけど、恋人みたいなことはしたい”  確か、宏紀は前にそんなようなことを言っていた。あいつもあいつで拗らせてそうだなと鼻で笑いながら歩き出す。キスしたばかりの唇に触れて思い出した。  “心はいらないけど、心は満たされたい”  俺も俺でだいぶ拗らせているんだったって。こうやって気付いて客観的に見れば見るほど、自分が面倒くさくてイライラする。
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