雨音をわけ合って

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「綺麗だろ」 声に振り向くと、睦の得意気な笑顔と目があった。私がこくんと頷くと、彼は事務所の棚に立て掛けてあったそのCDを手に取った。深い藍色に塗られたバックに『Anxious voice』とタイトルが付けられ、大きさも色も様々な光が散りばめられている。夜景のようでもあり、星空のようにも見えた。 「俺を知らないってことは、俺の歌も聞いたことないよな」 私が頷くと睦は苦笑いしながら、私にイヤホンを差し出した。両耳から思いがけなく優しい旋律が流れてきた。睦の声も伸びやかで、とてもロックとは思えない。草原の小さな花を手折らないように、そっと吹き抜ける風のようだ。自分がそのど真中に寝転んでいる気分になる。 「タイトルは心配してるよ、気にかけてるよっていう意味を込めてるんだけど。ある人との思い出を綴ったようなもんでさ」 言葉の通り、バラードから少しアップテンポの曲まで揃っている。どの曲にも誰かを心から思う気持ちが溢れているのがわかった。こんなふうに誰かに想われたら幸せだろうなと、羨ましくなるほどだ。 「これはどうだ」 聞こえてきたイントロは、低い音色の…フルートだろうか。ゆったりしたドラムに穏やかなピアノが相まって、雨に煙る静かな風景が私の脳裏に広がった。 「…雨、降ってる?」 睦の言葉に私は勢いよく顔を上げた。急な私の動きに彼は驚いたが、私の表情で全てを悟ったらしい。 「よかった。通じたみたいだな」 睦のはにかんだ顔に私も笑みを返した。 誰かと感覚を共有するのは久しぶりだった。言葉がなくても彼に伝えられたことが嬉しくなった。 「もう二年になるかな。亡くなって」 睦の声にやや影が差した。 「俺はその人の大ファンで、後を追っかけて今ここにいるわけだけど。今度のアルバムは追悼のつもりで作ったんだ」 それで こんなに優しい音なんだ 「気に入った?」 うんうんと頷くと、睦はぱあっと笑顔になった。私よりも年上なのに時々子どもみたいだ。 そのアルバムのPVを撮影するのが今日の予定で、私もそれに参加するのだと睦は言った。 「一応、彼女とデートって設定だから、遊園地がいいかなって。夜景も撮りたいし、もう手配は済んでる」 それでこの格好なわけ… 「杏菜に会えなかったら、至と二人っきりで遊園地で過ごすところだった。いくら気心知れた仲だって、男同士じゃな」 想像しておかしくなったのか、睦は笑いを噛み殺している。 「後で編集するから気楽に構えてくれればいい。あ、身バレしないようにはするから安心しろ」 何かを生み出そうとしているからか、そのわくわくがこちらにも伝わってくる。芸能人なんて自分たちとは違う手の届かない存在だと思っていたけど、彼は純粋なクリエイターで親近感が持てた。 楽しそうに自分の作品を紹介する睦は、時折興奮してはしゃいでいた。端正な横顔とのギャップがおかしくて、私も自然に頬が緩んだ。
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