伝えたい想い

2/4
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
私は睦の叔母なの、と聡美さんは言った。睦が幼少の時に亡くなった父親の妹だそうだ。 「誓って言うわ。睦も至くんも、麻薬に手を出したりなんかしてない」 湯気を立てる紅茶のカップを両手で覆って、聡美さんはきっぱりそう言った。それは初めからわかっていたことだったから、私も頷いた。 「睦と母親とは昔から上手く行かなくてね。親子だから無下にも出来なかったけど、売れっ子になったとたんに無心されるようになったの。こんなところに事務所があるのも、母親の借金のせいなのよ」 あの夜。 都内の一角で麻薬の取引があった。 睦の母親と地元の同級生は、たびたび睦に取引の話を持ちかけてきていた。今までも、もちろん今回も要求をはねつけたのだが、以前からマークされていた彼らは、待ち伏せしていた捜査官に拘束されてしまった。 その身元が割れて、今度は睦が任意の事情聴取に応じる羽目になったのだ。 「しばらくはマスコミに追われるだろうけど、睦自身は何もしていないから、疑いもすぐ晴れるだろうって思ってたの」 ところが、睦たちのアリバイを証明するために提出したあの夜の動画が、新たな疑惑を呼んでしまった。 「至くんが撮影したことになってたんだけど、彼は睦より背が高いでしょ? 目線がおかしいって言われちゃったのよね」 『あなた方の他に、誰かもう一人いたんじゃないですかね?』 ふたりでふざけていた時に、睦が私からスマホを奪おうとしたことがあった。私は彼より背が低いから、睦の目線はどうしても見下ろすアングルになる。そこを突かれてしまったらしい。 私の声は残っていないが、仙堂さんだけでは不自然で説明しきれない部分が出てきたのだろう。 「杏菜ちゃんのことを知られるわけにはいかないって、睦が頑なに黙秘しちゃってね。かえって心証が悪くなりそうなのよ」 状況はだいたい理解できた。 本来なら応援してくれるはずの家族や友だちにたかられるなんて、ひどい裏切りだ。やっぱり彼は人に見せない顔を隠していた。 睦が私を庇ってくれたことはとても嬉しかったが、彼に疑いが向けられたまま放って置くことは出来なかった。 でも 私に何が出来る? 「私ね、杏菜ちゃんはきっとここに来ると思ってた」 聡美さんはにっこり笑った。そして、封筒から一枚の用紙を取り出して、私に見せた。 これ… 「私の知り合いに探偵がいてね。睦の母親と同級生の動きを探ってくれてたんだけど、もうひとつ頼んでおいたの」 いつの間に 「これがあれば睦を救えると思うんだけど」 私は頷いて聡美さんに笑みを返した。彼女が私と同じことを考えているとわかって、力が(みなぎ)る思いだった。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!