伝えたい想い

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聡美さんと警察署に向かった。 事務所の前よりも大勢の記者や、機材を抱えた人たちが集まっていた。中に睦がいることはわかっているので、彼が出てくるのを待ち構えているのだ。 聡美さんは彼らに面が割れていないせいか、私たちは誰にも声をかけられずに玄関から中へ入ることが出来た。廊下の奥のソファに仙堂さんの姿が見えた。私の姿を認めると、彼は驚いて立ち上がった。 「何で…」 「あの意地っ張りを説得してもらおうと思って」 聡美さんが私の代わりに答えた。 「杏菜ちゃん。ごめんね、巻き込んでしまって」 仙堂さんに頭を下げられて、私はかぶりを振った。他の誰でもなく、私は自分の意志でここに来ている。あの夜だって全部自分で決めたことだ。責任は自分で取るなんて偉そうなことは言えないけど、そのくらいの覚悟は持ち合わせているつもりだった。 ドアの開く音がして、睦が部屋から出てきた。顔を挙げて私に気がつくと、一瞬だけ驚きがよぎったけれど、すぐにポーカーフェイスになった。 「何でこんなとこにJK?」 低く圧し殺すような声は、別人のように冷たく聞こえる。 「物好きだね。これから俺の市場価値が下がるってのに」 睦は自嘲気味に喋り出した。 私は封筒から取り出した紙を彼に突きつけた。睦はそれを受け取り、内容を一瞥した。 聡美さんが私に見せたのは契約書だった。 私があの日、撮影の手伝いをするために雇用関係を結ぶという趣旨の文面で、一番最後に日付と保護者のサインがされていた。 母の筆跡だった。 『保護者の許可が必要なら、それを逆手にとればいい』 探偵さんはそう言って書類を作成し、母のサインを取り付けた。後付けだし、ちょっと無理はあるけれど、何もないよりは状況は好転するはずだ。 ママは 私を信じてくれた そのことも私を動かした。 「で? コレがあったって、あんたがあの夜、俺と一緒にいたことにはならないでしょ」 睦は頑なに突っぱねる。声も眼差しもあの日とは違う人だ。あの笑顔や言葉は嘘だったのかと思うほどに。 『絶対に秘密だからな』 そう言って私に優しくキスをして笑ったのは、目の前の彼だったはず。 嘘つき 何とか言葉を発しようとしたけど、ダメだった。自分の無力さに歯がゆくなる。 私を知らないふりで通そうとする睦に、怒りと悔しさが込み上げた。 近づけたと思ったのは 私だけなの? 彼にしたら私は子どもだし、偽物の彼女だったけど、私にも頼って欲しかった。私を包んでくれた彼に何かしてあげたかった。音楽の話をした時みたいに心のうちを、無邪気な笑顔を見せて欲しかった。 あの時 あんなにそばにいたのに 自分一人で抱え込んで 我慢して Anxious(不安)なのは自分でしょ? 私は右手を振り上げて睦の頬を張った。 「おいっ、君!」 警官が近づいてくる。 左手で頬を押さえた睦は、うっすら微笑んだ。 どんなに私を拒んでも瞳の寂しい色はごまかせない。大声で罵ってやりたいくらいなのに、こんなに切実に願っても、私の体は言うことを聞いてくれない。 どうすればいい。 どうしたら、睦にあの夜の私の気持ちを伝えられる?
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