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あの時 私は…
睦の頬に両手を触れて、私は彼にキスをした。
あの夜のロマンチックな雰囲気なんて欠片もない。ただ、あの時感じたままを伝えたかった。
睦の優しい唇に触れられて、私はとても幸せな気持ちだったって。
睦は私を振り払わなかった。
でも、唇で応えてもくれなかった。
やっぱり コドモのキスに
何の魅力も説得力もないんだ…
悲しくなって自分から唇を離した。
目を開けると睦の顔が見えた。彼も私を見ている。さっきまでの嘲笑うような顔で。
「…おまえ。自分が何してるかわかってる?」
掠れた声で睦が尋ねた。
「こんなことしたら、俺の立場がますますヤバくなる。おまえを庇ってやることも出来ないぞ」
私が否定すればいいじゃない
麻薬で捕まるよりよっぽどマシじゃない
私を信じてよ
声を絞り出そうと、肩が揺れるくらい息を吐き出した。悔しくて何度も繰り返したが、それでも想いはひとつも言葉にならなくて、私はぽろぽろと泣き出した。睦は呆れたような顔をしていたが、不意に私の腕を乱暴に引いて先に歩きだした。
「ちょっと来い」
「チカ、どこ行くんだ」
「すぐ戻る」
人気のない更衣室の前で、彼は私の両肩を掴んで壁に押し付けた。暗がりに連れ出され、荒々しい態度に男の力を感じて体がすくんだ。
怒ってる…?
「こんな時に何で来たんだ」
睦は私を睨み付けるように見据えたが、腕の力を弱めると声音だけは優しく言った。
「…ったく、ガキのくせに。あんなキスなんかすんじゃねえよ」
あの日みたいな瞳で睦が私を捉えた。鼓動がとくんと鳴ったのもつかの間、彼は腕をぎゅっと掴んであっという間に唇を重ねてきた。迸る感情の中、確かに覚えのあるその優しさに、私は目を閉じたまま包まれた。睦は息がつけないほど何度も唇で私に触れ、最後に強く抱きしめた。
「今だってあの夜と同じ気持ちだ。だけど、人前でおまえにこんなことしたら、それだけで色々アウトだ。ましてやここをどこだと思ってる」
彼と触れている部分が鼓動と同期している。スピードを上げて今にも壊れそうだ。睦が大きく息をついた。ため息は安堵からくるものだった。
「まだ子どもだと思ったのにな。とんだ誤算だった」
耳元で囁く彼の声はとても甘かった。
結局、睦はもう一度事情聴取を受けた。
私の存在も全て話して、撮影は夜中過ぎまで行われたと説明した。虚偽の発言をしたことはかなり責められたが、私のことは不問となり、もちろん麻薬取引との関連も否定された。
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