あなたなんて知らない

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「おい、チカ。あんまり目立つな」 運転席からは少し歳上の男性が現れた。 「すみません。怪我はないですか」 男性は私が本当に無事なのかを確かめると、にこやかに申し出た。 「道に迷ってしまったんですが、やっと出られると思って気が緩んだようです。お詫びに家まで送りますよ」 思わずかぶりを振る。 子どもじゃあるまいし、知らない人の車になんて乗れない。男性は怪訝そうな顔をしたが、すぐ笑顔になった。 「申し遅れました。仙堂(せんどう)と言います」 1枚の名刺を私に差し出す。 『ブルー・プラネット 代表 仙堂(せんどう) (いたる)』 「怪しい者ではありません。社長なんて名ばかりで、雑用全般とアーティストのマネジメントを主にしてます」 「今をときめく『(ちかし)』のね」 彼も楽しそうに付け加える。 芸能界の人たちなの? それはそれで胡散臭い。肩書きなんてあってないようなものだ。 私が黙っていると彼が(いぶか)しげに尋ねた。 「おまえ、俺のこと知らないの」 サングラスを外し、また私に近づいてくる。私は少しだけ身構えてかぶりを振った。 知らないって言ったら怒るかな 「マジか。ホントに知らないんだ」 驚いた口調の彼はどこか楽しそうだ。 「至、決めた。こいつにしよ」 社長兼マネージャーに向かって、彼は甘えるように言った。 「まだそんなこと言ってるのか。下手したら犯罪だって言っただろ」 「大丈夫だって。何なら仕事じゃなくて遊びに行くことにすれば」 犯罪? 仕事? 「もっとまずいよ。それに高校生だし…」 「人生にこんな奇蹟が一度くらいあってもいいだろ」 彼はそう言うと、私の腕を掴んで車の後部座席に押し込んだ。話はまったく見えないが、彼がとても楽しそうにしているので、つい流されてしまった。 成人男性二人に女子高生。 普通に誘拐と思われてもおかしくない組み合わせだ。しかも相手は芸能界絡みときた。 時折、世間を騒がせる彼らの醜聞(ゴシップ)は、目立つ存在なだけに私たち庶民の縮図のようにも見える。だけど、同時に華やかな舞台の裏側を覗いているような気にもさせられた。 でも、私は彼らに恐怖は感じなかった。 強いて言えば、突然尋ねてきた歳の離れた従兄たちとノリで遊びに行くことになった、そんな気持ちだった。 「出してよ。早く」 彼は私の隣に座って、仙堂さんを促した。 仙堂さんは私をじっと見ている。何かを見極めているようだ。 「条件その1、俺のことを知らない奴。その2、口の固い奴。今日のことは一切、他言無用だ」 彼が人差し指を立てて笑うと、仙堂さんは仕方なくシートベルトを着けて、ゆっくり車を発進させた。
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