シンデレラの魔法

1/3
前へ
/19ページ
次へ

シンデレラの魔法

飯島睦(いいじまちかし)。23歳。 職業、ロックミュージシャン。 その歌声と美貌で、世の中の女性を虜にしている。 デビュー当時は顔だけと揶揄されていたが、もともと歌手としての実力は確かで、初めはお飾りだったギターもピアノも、今ではベテランが舌を巻くほどの腕前になった。 最近では曲作りに磨きをかけ、映画音楽を手掛けたりして、少しずつその頭角を現してきている。 というのが、検索エンジンから得られた睦の情報だった。 そんな凄い人が私を(さら)った。 地味で平凡な女子高生に何を求めているんだろう。 祖母の家にもテレビはあるけど、楽しみを奪うのは可哀想だったから、私はニュースや祖母の好きな番組しか見たことがない。元々クラスメイトの話題についていけない私は、睦のことをまったく知らなかったのだ。 私がまず連れて行かれたのはアパレルショップだった。知らないブランドで、大人っぽい服ばっかりだ。 「好きなの選べよ」 睦は楽しそうに私に言った。 私はかぶりを振っていらないと伝えたが、睦は勝手に選んだ服を次々に私に当てていく。 「コレ、いいじゃん」 潔いほど真っ白な、膝丈のワンピース。レースがあしらってあるけど控えめで、袖はフレンチスリーブだ。 「そうなると、ローファーじゃ変だよな」 服を無理やり私に預けて、彼はまたどこかへ行ってしまう。呆然とする私に、仙堂さんが声をかけた。 「着替えて待ってて。そのまま出かけるから」 これで…? 笑顔の店員さんと仙堂さんに背中を押され、私は試着室に詰め込まれた。どうやら私は半分誘拐されたようだけど、この扱いはお姫様だ。何が起きてるのか、これから何が起こるのかちっともわからないが、睦もそして鏡の中の自分も何だか楽しそうに見えた。 着替えて恐る恐るカーテンを開けると、睦が立っていた。彼が手にしているのは、白と淡いピンクのコンビのミュールだった。ヒールはそんなに高くない。 彼の気遣いが感じられた。 可愛い… ワンピースも素敵だったけど、私はそのミュールの方に心奪われた。まるで… 「どうぞ。シンデレラ」 睦がおどけて私の手を取った。 やっぱり アーティストは気障(キザ)だね 私も少しだけ笑って彼に自分の手を預け、ミュールに足を入れた。柔らかい生地は私の素肌に優しく馴染んだ。 「似合ってるな。じゃ、次」 え まだ何かあるの 驚いている暇もなくまた車に乗せられ、次は雑居ビルに案内される。 さっきのきらびやかな店内と違って、昼間なのに少し薄暗い。こういう場所は都会では時々見かけるけど、私にはもちろん用事がないので通り過ぎるだけだ。 エレベーター脇の壁にプレートが貼られていて、テナントであるお店の名前が書いてある。 飲み屋、スナック、美容室、そして一番上の5階に見覚えのある名前。 『ブルー・プラネット』 ここが事務所なんだ 睦の歌は聞いたことないけど、売れっ子ならもっと小綺麗な場所に事務所を構えられるだろうに。経費節減なのかな。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加